13

「り…っ、」


違うと言いかけた言葉は、舌を掴まれてるせいで意味をなさない。

そのくーくんの…美しいという表現さえ拒まれるほど整った顔から
恐ろしく血の気が引いて、


「……俺を、捨てるの?」


そう小さな子どものような言葉を唇から零し、小首を傾げる。
それから酷い痛みに耐えているような顔をして歪に微笑んだ。

瞳を微かに揺らし、おれの舌から指を離す。
掴まれていた舌は痺れたように動かなくて、すぐには使えなかった。


けど、


「っ゛、ぃ、」


その代わりに手を強く掴まれ、ぎゅっと握られて痛い。


(捨て、る…?)


「コレがいれば、俺はいらない?」

「…っ、何、言って」

「…嗚呼、それか…もしかしてさっきのこと怒ってる、とか。だからわざとそんな反応してるの?」

「……はん、のう…?」

「誤解させたなら謝るけど、そういうのじゃないんだよ。…俺にはまーくんだけだから。」

「…っ、」

「…でも、まさか見られると思ってなくて、…目が合った瞬間、泣きながら走って行っちゃったから…かなり焦った、んだけど…」



途中で言いにくそうに口ごもり、瞼を軽く伏せる。



「…けど、…よりによってここに来るとは思わなかった」



それらの言葉によって、チリ、と脳裏に、よぎったような気がした。


『…っ、まーくん…ッ!』


せんせいのところから逃げた後、
見てはいけないものを見てしまったのは、

夢だと思いたかったのは、


「っ、」


ああもうわからない。
すべてがぐちゃぐちゃで何もわからない。


「泣かせてごめん」


彼の視線が、おれの首元にある首輪と、手足の鎖へと動く。
それから、濡れた指で頬に優しく触れられた。



「…でも、まーくんも俺のこと好きって言ったくせに」


「嘘つきだな」なんて耳元で囁かれる熱く震えた声に、わけがわからなくて、けど何か良くないことになっていることを知って、焦りが増す。

(…というか、なんで、いきなり男って意識してるとか、捨てる、って、)



「…っ、う、そじゃな…っ」

「…なぁ、椿」


否定しようとしたおれの言葉は、遮られて


「まーくんにキスしたい?」

「…っ?!」


上から零れてきたその言葉に、頭が真っ白になった。


(…キス、…?)

あまりにも予想外で、ありえなくて、まさかくーくんが、まさか、なんて頭の中で打ち消す。


「したいなら、しても良いよ」

「…っ、ぇ、…?」


これは夢なんじゃないかと思った。

幻覚なんじゃないかと思った。
prev next


[back][TOP]栞を挟む