彼女の悪巧み(彼方ver)

………

……………


妃さんとの話を終え、廊下に出る。

疲労感に思わず息を吐いて、蒼の部屋に戻ろうとした時だった。


「……」


視線を上げた瞬間、向こうから歩いてくる着物姿の人間が見えた。

思わず顔を強張らせると、向こうはそんな俺を見て顔色一つ変えずにその顔に鬱陶しいほどの楽しげな笑みを張り付けている。


「…あら、偶然ね。そんなところにいて、彼女の相手は終わったの?」


今気づいた、というようなわざとらしい雰囲気を露骨に醸し出している声音。
偶然というより狙ってやって来たんじゃないかと思うほどのタイミングの良さだ。
無意識に眉根が寄る。


「ねぇ、彼方」

「…椿さん」


慈しむような表情で、頬に伸ばされた手。
払いのける。
そういう選択肢がないこともないけど、俺はそんなことが出来る立場でもないし別段そうしようとも思わなかった。


「……」


ゆっくりと顔を近づけてきた椿さんに、瞼は閉じない。
向こうだって目を閉じてないし、ここで避けたり目を閉じたりしたら負けたような気がしてならなかった。

暗くなる視界と、香水の匂い。

静かに重なった唇は、すぐに離れていった。

離れた後さえ、お互いに目を閉じず、見つめ合うというよりもむしろ睨み合うような視線を向けている。

ずっとそうしていると、飽きたのか珍しく”彼女”の方が折れた。
ふ、と呆れたような吐息を吐いて、肩を竦める。


「相変わらず面白くない」


貴方も、という言葉をぐっと飲みこんで「何か用ですか」とぞんざいな口調で返せば椿さんは不気味なほど上機嫌な表情で微笑んだ。


「明日、お前に見せたいものがある」

「…?、なんですか」


表情はいつも通りなのに、急に少年っぽい声と言葉遣いに変わったことに狼狽えた。

大人っぽい女性の見た目とのギャップに、本当にその口から発されているのかと怪訝に思う。
昔聞いた荒っぽい男のような低い声とも違う。
この人は一体どんな声帯をしているんだと、その声の変化に毎回驚く。


「見たらわかる。きっとお前も喜ぶぜ」

「…は?」


喜ぶ?


「最近新しいオモチャを手に入れたんだって言っただろ」と続ける椿さんの言葉と俺が喜ぶ、という言葉が頭の中で繋がらない。

確かにその新しい玩具が云々の話は聞いた…ような気がする。

でもいつものことだし、俺に関係ないだろうと聞き流していたから、今の今まで忘れていた。

理解できずに、怪訝に歪んでいた顔がさらに不信感と困惑の色に染まる。


「じゃ、明日の午後お嬢さんと話し終わった後、俺の部屋の前に来い」

「………」


俺の返事も待たず、あっさりと手を振って椿さんは元の道を帰っていった。
すれ違う黒服にいつも通りの女声で返しているのを目で追って、少し経ってから何も言わずに踵を返した。
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