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(くーくんじゃない、この人はくーくんじゃない…っ、)


そうじゃなければ、とても耐えられる気がしなかった。

なのに、


「……」


その知らない人は、『そうだよ』って言ってくれなくて。

早く、早く。おれの言葉通りだって、言って。

…そうじゃないと、嫌だ。


「…っ、おれの大好きなくーくんは、お兄さんみたいに、うそ、ついたりしない…っ、」


嫌だよ。


「くーくん、は…っ、おれとえっちするって言ったくせに…っ、今からしようって、言ったくせに、」


この人でいいはずがない。


「そう、約束した唇で、他の人に、ちゅー、したり、…おれをぎゅってしてくれる手で他の人に触ったりしなくて……っ、…それに、…」


(……、ああ、思い出したくない )

涙の溢れる瞼をぎゅっと瞑る。


「……女の人、を…あんな、ふう、に、……だ、抱い…たり、しないし…っ、くーくんは、優しくて、汚くない、から…っ」


…心が、身体が、叫んでる。
この人がくーくんのはずないって訴えてる。


「だから、お兄さんじゃない…っ、おれが大好きなくーくんは、違う人なんだ…っ、」


…そう思い込むことだけに必死で、言ってることは滅茶苦茶だった。

違うなら、本当にそうなら、なんでこんなに涙が出るんだろう。


もしくーくんだったら、どうしよう。どうしたらいい。どうすればいいんだよ。


「ひ、ぅ、…くーくんじゃないのに、『まーくん』なんて呼んで、おれに触らないで…っ、」


これいじょう、おれを痛くしないで。

そう言いたいのに、涙が口に零れて声にならない。
それでも必死に潰れそうになる胸をおさえて、抱きしめられたままの身体を捩った。

すると、それを妨げるように手を掴まれる。


「…っ!…離し、…ぇ…?」


驚きに、思わず声が漏れた。
……おれに触れてる彼の手が、異様に冷たい。

氷みたいに冷たく冷え切っている手に戸惑い、ゆっくりと顔を上げ、 



「……、」

「―――――ぁ、」


そのとき、ようやく。
……おれは、取り返しのつかないことをしたのだと、気づいた。


「……嘘つきは、どっちだよ」


静かに零された低い声音が、震えている。
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