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いつも優しく微笑んでくれる彼の、 顔、が
「…好き、ってさ、それ本気で言ってる?」
「…っ、ぁ、の、」
心臓が、バクバク煩い。
予想外で、まさかそんな表情をするなんて、思わなくて、
「まーくんの求める”モノ”と違うから、…ちょっとでもまーくんの理想から外れたら、俺はもう『知らない人』なのに?」
口から零れる声は詰るように苛立っていて、嘲るように笑っている。
…なのに、言葉と反して、
「そんなに簡単になかったことにできるのに、俺を好きだなんて、本気で言えるの?」
「……っ、」
…彼の表情だけは、今までにない程傷ついていて、
一瞬後には壊れるんじゃないかと思えるほど、酷く泣き出しそうに見えた。
「……まーくんは嘘ばっかり」
「……ぁ、」
ぽつりと、掠れた声が漏れる。
おこらせた。
かなしませた。
…きず、つけた。
「どっちにしても、その言葉にもう意味なんてないよ」
「…どう、いう、」
こと…?と続けようとした言葉は、次に投げられた台詞によって形にならない。
「…俺、好きな人ができたから」
「…っ、ぇ……?」
呆けた音が、漏れる。
耳が、遠くなる。
世界が、消える。
「すき、な…ひと…?」
すきな、ひと、?くーくんに、すきな、ひと…?
こういうときに言う『好きな人』が、ただの友達とか、そういう意味での『好き』じゃないことくらいわかる。
わかる。
…わかる、からこそ、
「―――っ、や、だ、」
うそ。
うそだ。
うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ。
手を、伸ばす。
触れる。
「…っ、それ、っで、…れ゛い…っ、?なん、で…っ、」
いつから、なんで、
どうして、そんな仲だったのかと
あんな情事を見せつけられても、それでもまだ否定したかった。
みっともなく、泣きながら、彼に縋りつく。
やだ、やだ、そんなの、やだよって、泣きながらしがみつく。
「俺は”くーくんじゃない”んだから、まーくんには関係ないだろ」
突き放すようなその声に、ドク、って心臓を刃物で貫かれたような痛みが走った。
「関係、ある…!!…っ、くーくん…!!くーくん、だもん…っ、くーくん…っ、くーくん、やだ、やだ、やだ、そんなの、」
「じゃあ、聞くけど」
首を振る。
その腕にすがって、全身から血の気が引くような錯覚に陥りながら、彼を、見上げて
「まーくんは、俺のどこが好きだった?」
「…え、」
その問いに、頭が真っ白になった。
…くーくんの、どこが好き…?
くーくんは、優しくて、格好良くて、いつも、おれと一緒にいてくれて、だから、大好きで、
「もし、そこにいる男が……まーくんの言う通りに優しくて、これから一緒にいて、抱き締めて、キスしてくれるって言って、まーくんのお願いを全部叶えてくれるって言ったとしても、」
そんなおれの思考を読んだみたいに、静かな声が
「………それでも、俺の方が良いって言える?」
そう、問いかけてきて、
「…っ、」
声は冷たいのに、
なのに、浮かべている彼の表情が、声とは全然違うから
どうして、そんなことを聞くのかって、
どうして、そんな声で、顔でそんなことを聞いてくるのかって、
そのことで、頭がいっぱいになって
「…ほら、やっぱり嘘だった」
「ぁ、違、いまのは、」
答えられずにいると、乱暴に吐きすてられた声。
ちがう、と言おうとしたおれに構わず、手首の枷から伸びた黒い鎖を引っ張られ、強引に離れた距離分引き戻される。
「――まーくんなんか、」
泣きそうに震える長い睫毛と、息が触れるほど至近距離に近づく顔。
「昔から、俺じゃなくてもいいくせに…っ、」
その言葉に何かを言い返す前に、唇を塞がれた。
ずっと前、嫉妬と怒りをあらわにしてされたキスを思い出す。
けど、あの時よりも乱暴に、唇から血が滲み、皮が剥けるほどに噛まれ、跡を刻みながら身も心もすべてを奪われていくようなキスだった。
「…っ、はぁ…ッ、ま、!て、」
キスが激しすぎて、ひゅーひゅーと変な音さえ出てきた。
じゅるじゅると後から後から溢れ出る涎も舐めとられ、舌もびりびりするほど吸われ、体内が酸欠で悲鳴を上げる。
苦しくて、つらくて、生理的な涙を零しながら、離して、と口腔内すべてをしゃぶられながら音にならない声で叫ぶ。
それから
「――っ、ぁ、」
彼に言わないといけないことがあるのに。
何も言えないまま、全ての呼吸を奪われて、視界が暗転した。
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