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「酷いな。…殺して、なんて」

「…っ、」

「…俺には、まーくんの代わりになれるものなんかないのに」


縋るように髪が首筋に触れ、その弱い声に怯みそうになる。
うそ、うそだ、こんなの、うそだ
…くーくんには、もう好きな相手が、いるのに、


「離、して…っ、」


ぐ、と更に手に力を入れる。
「離さない」と拒むように呟いた声が、「死んだ方が良いって言うけど、」小さく、そう続けて


「まーくんが死んでほしいのは、『俺』じゃないの?」

「…ぇ…?」

「…俺が死ねば、まーくんは"アレ"の傍にいれるから」

「な、なにを、言ってるの……?」


おれを見下ろす彼の目は笑ってはいない。


「なんでアイツのところに行った?」

「…アイツ、…?」

「”まーくんの御主人様”のところ」


「さっき、暗い部屋で」と続けられる言葉より前に、その、聞きなれた、ような、知らない単語によって脳裏に映像がよぎる。

コンクリート。
吐しゃ物。
蹴り飛ばされたおれを楽しそうに見下ろす 顔。

顔が 

「…っ゛、ぁ、」ひゅっと息がおかしくなる。心臓が、やけに速くなる。ご主人さま、ごしゅじん さま、


「いつ、思い出したのかな。それとも、最初から忘れてなんかなかった?わざわざ俺がいなくなったタイミングでアイツに会いに行くなんて、」

「っ、ち、違う、…っ!あの人は、ただ偶然、いただけで…っ、」

「…それにしては、まーくんから抱き着いたりして随分親しそうな様子だったけど」

「それは、くーくんだと、思って、た、から、」


そんな言い訳で理由になるわけはない。けど、信じてほしかった。
くーくんでなければ触れたいだなんて思わない。責めるような言葉に、零れる涙が終わりを知らない。


「キスされたのも、俺だと思ってたから?」

「…っ、」


冷たい目で見られて、…思い出し、青ざめた。「あ、あれは、無理、に、」と恐怖で震えながら否定しようとして、言葉にならない。


「それに、俺に好きな人がいるってこと…本当は忘れてなかったんだ?」

「っ、ぁ゛、ぅ、」


再び聞く、彼の口で言われた言葉が刃となって、ぼろぼろ泣く。

”忘れたって言ってたくせに”と声に含まれる感情に、その言葉の事実に、「ご、ごめ、」んなさい、と泣きながら謝って、でもそう言ったところで許されないのはわかっている。

くーくんに、好きな人がいる。
おれじゃない、傍にいたい…大事な、人がいる。

忘れたい。忘れられない。
忘れられたら良かった、


「ごめ、ごめん、なさい、おれ、っ、ぎたなぐ、で、…っ、くーぐんに、ずっと…一緒に、いて、ほしく、て…っ、」

「他の女に俺を取られたくなかったから、忘れたふりしたの?」


涙で濡れている頬に触れる手と、少し優しくなった表情にちょっとだけ怖いのが薄れてほっとする。
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