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そういえば、漫画でよく冬に手に息を吹きかけてあたためようとする場面があったのを思いだす。
でも、あたたかい吐息が手にかかってそれが冷えた瞬間ってさらに寒くなるような気がするんだけどな。
不思議に思いながら、そんなどうでもいいようなことをつらつらと考えていると
不意に後ろらへんで、何かが動いたような気がした。
「…?」
その音につられて顔をそっちに向ける。
知らない男の人と目があう。
……すると、その人が一瞬驚いたように目を見開いた。
そして足を踏み出そうとして、何故か何もないところで、いきなり靴の先を道路のコンクリートに引っ掛けたらしく転ぶのが見えた。
持っていた鞄が、そのはずみでこっちに飛んでくる。
(う、うわあ。すごい転び方したな…痛そう)
その顔ががつっと道路にぶつかるのを見て、なんだかこっちまで痛くなってきて見ていられない。
「だ、大丈夫ですか?」
声をかけながら、鞄の中身まで外に散らばって大変なことになっているので、拾い集めて鞄に入れていく。
そうすると、
(ビデオカメラ…?)
何かの撮影する仕事なのかな、なんて考えていると、腕を掴まれる。
「そ、その、ぼ、僕のこと覚えてない?」
唐突に、そんなたどたどしい声でそんなことを言われて、思い出そうとその顔を見ても全然わからない。
さっきは暗くて良く見えなかったけど、40代くらいの人、かな。
…会ったことないと思うんだけど。
「…すみません。話したこと、ありますか?」
手を掴まれて、その異様に興奮したような様子にちょっと引き気味で尋ねてみると。
彼は、「え…っ」と顔を蒼白にして絶句した。
「あの、すみません…。おれ、覚えてなくて…」
その反応がショックを受けていることを伝えてきて、申し訳なくなって謝る。
もしかしたら、俺が忘れてるだけなのかもしれない。
…もし俺が逆の立場だったら、すごく悲しいだろう。
「あ、あの、図書館で、雨が降っててその時傘を貸してくれたんだ。君は確か…別の子と帰るから大丈夫だっていって、明日図書館の傘置き場に置いておいてくれたら取りに来るからって、僕に傘を貸してくれた。一年くらい前の話で、…」
一生懸命に熱の籠った声で俺に思い出させるために話してくれているのはわかるんだけど。
…本当に申し訳ないんだけど、全く記憶になかった。
「…ごめんなさい。覚えてない、…です」
多分、もし俺がしたことを覚えていてくれているということはきっとすごく義理堅い人なんだろうと思う。
でも、どれだけ考えても何も思い出せなかった。
「それだけじゃないんだよ」
掴まれた腕に、力が入る。
その痛みに顔を顰めると、彼は「はは…っ」と楽しげな笑みを零した。
「昨日だって、その前の日だって、ほら、君が夜に買いものにいってるときだって、ずっと一緒にいたじゃないか」
「…え?」
その言葉に、思考が一瞬停止する。
一緒に、なんてそんなことあるわけがない。
俺は、この人といたことなんて、というか話したことすらないと思ってたのに。
にやにやと笑うその笑顔が、どこか気味が悪い。
「このビデオカメラにだって君がちゃんと映ってる。ずっと綺麗だと思ってたんだ。君のことを。だから、昨日も僕達が一緒にいたことを証明してあげられるよ。ほら、見て」
さっき俺が鞄にしまったビデオカメラのスイッチを押して、見せてくる。
それは、蒼と話してる時、買い物の帰り道に俺が夜に一人で歩いている時、他にも色々な俺の映像が映し出されていて。
信じられない。
「…なに…これ」
声が震える。
背筋を駆け上ってきた恐怖に襲われて、それから目が逸らせない。
なんで、こんなもの。
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