15
***
広い座敷の中心。
「………」
机に置かれている食事を前に、食べる気も起きずに俯く。
多分、食べようと思えば機能的には不具合はない。
けど、今は食べずにいても誰かに何かを言われることはなかった。
…くーくんが、部屋にいないから。
当然だけど、手首の枷はつけられている。
もう逃げたりしないし、何か悪いことだってする気はない。
…おれがいなくなれば全部解決するんだから、早くそうすればいいのに。
本音を言うなら、殺してほしい。
くーくんに殺されるなら、きっとおれは幸せに死ねると思うから。
…いらないのに、必要だと勘違いさせられている方がつらい。
今日も、またひとりになった。
屋敷内にはいるはずなのに、…きっと鎖が外れて、手を伸ばせば、掴める距離にいるはずなのに。
…おれは、きょうもひとりだった。
「――――っ、」
肺が苦しくなる。
酸素が薄い。
わかってる。
二番目でもいいって思ってる。
…けど、こうして何度もいなくなるのは、他の人の傍にいるからだ。
その相手が誰なのか、何をしてるからなのか、言われなくてももう察していた。
くーくんが部屋に戻ってくるたびに、思い知らされる。
明らかに普段よりも色気を滲ませ、その名残のある雰囲気、香りに実感させられる。
…日に日に戻ってくるまでの時間が長くなっている。
夕方から朝になっても戻ってこないことも何度もあった。
寝ないで一晩中待っていると、ひどく時間の流れが遅いような気がした。
まるで最初からここでひとりきりだったみたいに、誰もいない部屋で過ごす。
やっと来てくれたと思ったら、少し疲れた様子でおれに声をかけて、部屋に来た後すぐに寝てしまうこともあった。
エッチしようって言ったこともなかったことになっている。
おれにだけ、あのお風呂の時みたいに…扱いてきたりとか、そういうことはしても、それ以上はしてくれない。
それ以上先に進もうとすると…、必ずくーくんは話をそらそうとする。はぐらかす。
…おれとすることを拒むみたいに、嫌がってるみたいに。
(…澪とは、してたくせに)
あの日、見た情景が、ずっと頭から離れない。
こびりついて、どうやっても消えてくれない。
……今も、何をしてるんだろう。
おれがこうしてここにいる間にも
澪の傍にいて
――何、を
「……っ、」
手首につけられている枷。
……意味のない、印。
毎日、毎日、毎日おれを置いていっちゃうくせに
『今日も俺がいなくても平気?』
って、大丈夫じゃない。大丈夫なわけない。
一緒にいてほしい。離れないで。
抱き締めてて。いかないで。
「お、おれ、は、」嫌だって、そう思ってるって、引き留めようとした声はその先を言葉にできない。
…全身でここにいてほしいって思ってるくせに、「…ぁ、…っ、…う、…ん、」って答えて、また、ひとりになった。
やだって言ったところで何になるんだ。
縋ったところでくーくんはきっと、澪のところに行くのをやめたりしない。
困らせるだけだ。
…そんな、くーくんの顔を見るのも嫌だから
「…っ、ぅ、」
助けて、誰かできることなら、この苦しみから逃がしてほしい。
(おれから離れることはできないから、せめてくーくんがおれを突き離してくれれば…、)
暗い気持ちで目を伏せ、おれ専用に作ってくれたらしい…淡い黒基調のなかに、雪の柄がついてる着物を見下ろし、…嬉しさと悲しさと、なんだかよくわからない気持ちで胸がいっぱいになる。
…それに、最近は以前よりも頭がおかしくなっている気がする。
記憶が飛んでいるような気がする。
気づいたらくーくんと話していたり、気づいたらひとりで部屋に座っていたり。
…突然その場所にいるって感じることがある。
だから、余計に怖い。くーくんがいないと、おれはひとりでは何もできないから。存在していないのと一緒だから。
多分…いないのはたった数時間ぐらいのはずなのに、
…ずっと、何年もここでひとりきりのように闇におちる。
と、
カチャン、
鍵がおりる音がした。
「…っ、ぁ、」
音の方に振り向く。
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