21

彼はおれを捨てられなかっただけで。
ただ、昔の約束を守ってくれただけで。

部屋にいたから見なかった。

捨てることもできず、好きになる対象にも思えないおれを枷で繋いで、今みたいに知ってしまう機会をなくしてくれてたくーくんの優しさに無自覚に甘えていた。

それだけの話だ。

部屋に閉じ込めておいてくれていなければ、もっと早く、もっとずっと長くおれは傷つくことになっていたんだろう。

…澪は悪くない。
好きな人とそういう行為ができたなら、きっとおれだって自慢したくなるはずだ。

だから、おれに傷つく資格なんかない。
苦しくなれる権利なんかない。

…ちゃんと、お祝いしないと。

ごみ捨て場でくーくんを見つけた時、きっと凄く辛い目にあったんだろうなってすぐにわかった。

身体中に怪我をしているのに、痛みさえ感じていないようにしか見えない表情も、まるで冷たい氷みたいに冷え切ってて、

…けど、段々ちょっとずつ怒ったり、笑ったりしてくれるようになったのが凄く嬉しかった から、


……――そうだ。


一番最初、昔におれが願ったのは、

…くーくんが幸せになることだった。

す、と細い息を吸い、唇を動かす。


「…そ、…そ、っか…、は…は、…ふたり、で、…っ、え、っち、して…たんだ…」


笑うんだ。
ちゃんと、心の底から笑顔で。


「……く…ーくんが、幸せ、になってくれて、……おれ、も…」


情けないことに、声が途切れてしまう。
早く言えよ。

くーくんのことが好きなら、幸せを願わなければいけない。
好きな人が好きな人と幸せになってくれてて、おれも嬉しいって心の底から笑わないといけない。


のに、


「…お、れ…、……は…」


頬を流れているのが涙だと 気づくよりも早く。

澪が掴んでいる手とは反対側、
もう片方の腕に抱き付いて


「…ぇ、っ?」


呆気にとられた澪の声。

…一方の力が緩んだ瞬間


「…――ッ、」



部屋の中に、その身体を強引に抱き込んだ。

中から鍵をかけ、ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、掴んでいた手を離す。

俯き、少し伸びた前髪が目を隠してくれればと願って

…――障子に押し付け、…言葉の代わりに唇を塞いだ。


「ちょっと、真冬…っ!なに…何してるの…っ、開けてよ…っ!」


電気もつけずに暗く、
まるで時が止まったように微かな音も立ててはいない室内。

だからこそ、部屋の外…すぐそこで慌てた様子で上げられる抗議に答える声はなかった。

背伸びをして、触れるだけのキス。

…そんなものでは、到底足りるわけがなかった。
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