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おれも、澪みたいな人だったら一番にしてもらえたのかな。
そんなことを考えながら、少し前を見た。
色々な人に声をかけられ、頭を下げられているくーくんの隣、…ちょっとだけ後ろを歩く。
「まーくん、そろそろこっちにおいで」と振り返り、困ったように眉尻を下げる整った顔に、ふるふると首を横に振った。
くーくんにするのと同じようにおれにまで深々とお辞儀してくれる使用人の人たちが怖くて、
「…いい、大丈夫。前歩いてて」
少し前を歩き、微かに揺れる着物の裾を咄嗟に掴んでいた指を離す。
部屋を出る時に差し出された手は、どうしても握ることができなくて断った。
欲しがって、そこに伸ばそうとしてしまう手を、戻す。
他の女の人と繋いだ彼の手。
…それは、澪とするものであって、おれのためのものじゃない。
一歩一歩が、鉛のように重い。
子どもじみた、醜悪な嫉妬が感情をかき乱す。
顔を見られたくなくて、俯いた。
「あと、ここが――――」
屋敷の中を全然知らないおれに、案内してくれる声を意識半分で聞く。
……本当に、自由に歩いてよくなったらしい。
こんなに簡単に出してくれるなら、どうして今まで駄目だったんだろう。
もしかして、おれが邪魔だったから閉じ込めていたのかな。
…なんて、凄惨さに笑ってしまうような酷い考えさえ浮かんでくる。
勿論、今も手足に枷はつけられていない。
冷たい風が頬を撫で、誘われるように庭に目を向けた。
キラキラと光に反射している大きな池。
じゃり、と二段降りて、砂に足を乗せる。
「……っ、まーくん、靴履かないと怪我するから、」
「へいき」
慌てた様子で追いかけてくるくーくんに返し、そこに近づく。
中を覗き込み、…魚が泳ぐ様子を眺める。
白かったり、オレンジだったり、数匹の魚が泳いでいる。
と、石の上にのせていた足の裏が滑る。
「……ぁ、」
自分でも間の抜けた声だと自覚しながら、その池の水面に映る自分が見えた。
バシャンッ、
呆気なく、水の中に落ちた。
一瞬で口の中に入り込んでくる冷たい水。
暗い池の中で泡を吐き、水の浮遊力など関係ない。
……そういえば、こういうの久しぶりだな。
なんとなく、手を上に伸ばす。
と、
掴まれた手に身体を引っ張られ、抱き留めるようにして引き戻された。
「げほっ、は…っ、げ…ッ、はぁ…っ、」
それほど深いわけではないのに、不意打ちで水を飲んでしまって咳き込む。
「…っ、何、してんの」
抱き寄せられたまま、焦りを滲ませた声が耳元で息を吐く。
絶えず髪から首筋を伝い、布の内側に入り落ちてくる。
ずぶ濡れの着物が更に身体にはりつき、重い。
それに冬だから想像以上に寒かった。
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