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「怪我は、」とか色々心配してくれてるらしい彼に、首を横に振る。
どろどろになって包帯の解けている自分の腕を見ながら、今更ぼんやりと理解し、「…ごめん、」と謝った。

けど、それよりも

(…池に落ちたことなんてどうでもいい)

……心配してもらえることを心底喜んでいる自分がいることに気づく。

嬉しいと思った。

もっともっと心配してほしいと、思ってしまった。

狙ってやったように見えただろうか。
構われたいからと、姑息な手を使ったように見えただろうか。

それでも、いい。

抱き寄せられたまま首元に顔を擦りつける。
……身体は救い上げられたのに、どこまでも心は醜く暗い水の底へ堕ちていく。

彼の胸元の布を掴んだ手を、軽く動かす。
惹かれるように視線が絡み合い、息を静めた。

距離を縮め、…唇を重ねる。

そう、しようとして動きを止めた。


「しないの?」

「………」


微かに触れ合う吐息だけが余計に存在を濃くし、怪しく囁く声色に返せない。

ぽたり、ぽたりと髪から落ちる雫が首筋を伝って落ちていくことを何度か繰り返し
……ぎゅ、と指先が白くなるほど掴んでいた服を解放する。

睫毛に水滴がつき、瞬きをすると落ちていった。

そっと身体を離し、もう一度小さく謝る。


「一人で、戻る。身体も大丈夫だから」


くーくんに何かを言われる前に全部連ねて、水が入ったことで多少掠れている喉を動かした。
他の使用人の人たちが慌てた様子でこっちに来るのが見える。

部屋の方へと歩き、……振り返る。


「ね、くーくん」


呼びかけた言葉に、躊躇いはない。


「あの時言ってた『どうしても外せない用事』ってなに?」

「……」


逸らすことなく見つめ返すおれに、彼は答えない。


「今日も夜、澪に呼ばれてるんでしょ」

「うん」


違う、とは言わず、それが当然のように、観念したようにうなずく。

さっき、澪が部屋に来た。
くーくんの腕に胸を押し付けるようして手を絡ませ、こそっと耳打ちして頬を赤らめる様子は、明らかに恋人同士のそれだった。


「どうする?」


微かに柔らかく目を細め、おれに選択権を委ねてくるくーくんは何故か少し機嫌が良さそうに見える。

……そんなに、誘われたことが嬉しかったのだろうか。
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