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くーくんだけは、失えない。
死ぬわけない。
騙そうとしている。
あまりにも現実離れした冗談だ。
彼が 死ぬ という言葉は、縁起でもなければ、理解とはほど遠い言語でしかない。
「逃げようとすんなよ。ただでさえ教育で臓器も身体の状態も半分死にかけなところに、致命傷を負わされたんだ。あの時の傷が原因でアイツは何度も生死の境目を行き来してる。……ここまで聞いても、まさかまだ忘れたふりするつもりじゃねえだろうな」
「……ぁ、う、」
赤子のような声が零れる。
さっきから言われ続けている言葉を脳に届けないようにと必死だった。
今までの彼の様子から感じたことが、偽りではないと示している。
それでも、彼が死ぬなんて思いたくなくて、…ましてや、それが自分のせい、だなんて何をしてでも思いたくなくて、知りたくない。そんなの嘘だ。嘘に決まってる、と聞き分けのない子どもみたいに全身で否定 して、
「蒼を刺したのは、お前だろ」
「……ッ、」
ひゅ、っと喉が、全身が震撼した。
『蒼』という名前が誰を示すものかは、もうわかっている。
『ごしゅじんさまのことが、だいすきで…っ、これからも、ずっと…ごしゅひん…っ、さまの…ッ、もの…です…っ!!』
律動に喘ぐ自分の口。
快楽に震える身体。
おれを抱く男の人の動き。
……それを、少し離れた場所で見ている 彼は
違う、
そんな顔をさせたくなかったのに。
目にしたおれの感覚全てがひっくり返るほど、
……ひどく、今にも泣き出しそうな顔をして
『愛してる。これからもずっと…まーくんだけを愛してる』
「……ぁ、…ぁあ、ぁ――――………っ、」
誰かが、絶叫する。
それはきっと、おれじゃなかった。
ずっと欲しがっていたものはすぐ傍にあったことに気づかず、もう手遅れなことを知って啼泣する咆哮が、聞こえた。
――――――――――――
ぴちゃん、と水が床に落ちる音がする。
「……まーくん、」
愛しい彼の優しい声に呼ばれ、ゆっくりと振り向いた。
顔も体も、水風呂に入った後のように重たくてびっしょりで、冷たい。
目が合うと、見蕩れるような笑みを零す。
近づく距離。
少し困ったような、持て余したような表情でおれの頬を撫でる。
その仕草で、ようやくそこが濡れていることに気づいた。
声を出そうとして、唇が動かない。
それどころか、
目が熱い。そこから零れ落ちるようにして口の中に入ってくる液体は絶えず続いていて、自分は今どうなっているんだろうとぼんやり考えた。
おかしくなっている身体を不思議に思う。
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