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それよりも、と。

おれなんかより、何故か少し泣きそうに、苦しそうな表情を浮かべている彼の頬に手を伸ばそうとすれば、右手は粘土で固められているみたいに動かなかった。

代わりに、左手を使う。
けど、その手は震えすぎていてそこにたどり着けない。

なんで、と疑問の答えを探そうとする前に、名前をまた呼ばれた。


「……ごめん、」


微かに震えている声で零された謝罪と、おれを抱き締める身体。
抱き締め返すことさえできずに、ただ、そうされることがまるで夢の中にでもいるような感覚で、反応することもできない。

何を、謝っているのだろう。


「…っ、……れ…」

「いいよ。もう、見なくていい。……後始末は、全部俺がやるから」


”あとしまつ”?その言葉の意味が、わからない。

今更、体中がずきずきと痛みを発しているのを思い出した。
やっとのことで触れた手で、彼の服を引っ張る。


「……、―――……」

「何?まーくん」


小さく、ほんの僅かに零れ出た言葉は、聞き逃されることなく届く。
軽く身を離しておれを見下ろし、求めていることを察したのか、ほのかに優しく目を細めた。


「……―――っ、」


彼が、瞼を伏せる。
吐息が触れ、……そっと、壊れ物を扱うように唇が重なった。


「……ぁ、」


息が、漏れる。

瞬間、途方もなく、どうしようもないほど背筋を駆け上がるような想いが込み上げて、泣き叫びたくなった。

その彼の後ろ、熟れた苺のような色に染め上げられた世界に、
『二度と、挨拶もできない形になってしまったその人の姿』に

……もう、後戻りはできないことを知る。


飛び散ったそれらは、きっとおれの顔も汚しているはずだ。


………そんな唇に、彼は躊躇うことなく口づけてくれた。

言葉にできない切ない感情が胸に押し寄せてくる。
身体の奥底に隠すように押し込めて、頑丈な蓋をして、ずっと見ないふりをしていた、 何か が、

声にして伝えようとして、不意に膝が崩れ落ちる。

カラン、と固いものがぶつかる金属音。

抱き留められ、身体中から力が抜けたように身動き一つできない。

伸ばした手はむなしく空を掴み、意識が消えた。
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