24
それよりも、と。
おれなんかより、何故か少し泣きそうに、苦しそうな表情を浮かべている彼の頬に手を伸ばそうとすれば、右手は粘土で固められているみたいに動かなかった。
代わりに、左手を使う。
けど、その手は震えすぎていてそこにたどり着けない。
なんで、と疑問の答えを探そうとする前に、名前をまた呼ばれた。
「……ごめん、」
微かに震えている声で零された謝罪と、おれを抱き締める身体。
抱き締め返すことさえできずに、ただ、そうされることがまるで夢の中にでもいるような感覚で、反応することもできない。
何を、謝っているのだろう。
「…っ、……れ…」
「いいよ。もう、見なくていい。……後始末は、全部俺がやるから」
”あとしまつ”?その言葉の意味が、わからない。
今更、体中がずきずきと痛みを発しているのを思い出した。
やっとのことで触れた手で、彼の服を引っ張る。
「……、―――……」
「何?まーくん」
小さく、ほんの僅かに零れ出た言葉は、聞き逃されることなく届く。
軽く身を離しておれを見下ろし、求めていることを察したのか、ほのかに優しく目を細めた。
「……―――っ、」
彼が、瞼を伏せる。
吐息が触れ、……そっと、壊れ物を扱うように唇が重なった。
「……ぁ、」
息が、漏れる。
瞬間、途方もなく、どうしようもないほど背筋を駆け上がるような想いが込み上げて、泣き叫びたくなった。
その彼の後ろ、熟れた苺のような色に染め上げられた世界に、
『二度と、挨拶もできない形になってしまったその人の姿』に
……もう、後戻りはできないことを知る。
飛び散ったそれらは、きっとおれの顔も汚しているはずだ。
………そんな唇に、彼は躊躇うことなく口づけてくれた。
言葉にできない切ない感情が胸に押し寄せてくる。
身体の奥底に隠すように押し込めて、頑丈な蓋をして、ずっと見ないふりをしていた、 何か が、
声にして伝えようとして、不意に膝が崩れ落ちる。
カラン、と固いものがぶつかる金属音。
抱き留められ、身体中から力が抜けたように身動き一つできない。
伸ばした手はむなしく空を掴み、意識が消えた。
[back][TOP]栞を挟む