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気づかなかった。
いつからいたんだろう。
…もしかして、ずっとそこにいたのだろうか。

物音一つしなかった。
でも、答える気力もなくて、ただ目を閉じる。
たぶん、答えようとしても声は出なかっただろうけど。


「まーくんが気絶してから、半日たったよ」

ぽつりと呟かれるその言葉に、少し驚く。

眠ってからもう一週間以上はとうに過ぎたような気がしていた。そのくらい錯覚してしまうほど、身体が鉛のように動かない。

(……なんで、こんなに)

そう疑問に思っていると、声が答える。


「覚えてる?俺と数日間、意識飛ぶまでずっとヤッてたんだけど」

「…、(何を、)」


何を、なんて考えるまでもない、…んだろう。
笑いを含んだ声音に、怪訝に思って思わず眉が寄る。


「まーくんが自分から俺の上に乗ってきたと思ったら、腰を揺らしてきたんだよ。あの時の顔、厭らしすぎてどうにかなるかと思った」

「…(え、)」


そんな記憶、ない。
何を言ってるんだろうと思った。俺の記憶では、蒼は五時間たっても戻ってこなくて。だから俺は必死に耐えてて。
そのあとも並べられていく想像もしたくない言葉と情景の羅列に、困惑する。全くと言っていいほど、そんな記憶はなかった。
怪訝に思う俺の考えを詠んだかのように、声は続ける。



「……完全にトんでたから、覚えてないんだろうけど」

「……」


本当に、何も覚えてない。
そのせいか、蒼のいうことが全く理解できなかった。
記憶にないことを言われても、何も思い出せないから返すべき言葉もわからない。

少しの静寂が訪れる。
顔をちょっとでも動かせば、布が瞼の上に被さっている感触に不快感を覚えた。


「なんで、何も話さないの?」

「……」


黙っていると、闇の中でそう問いかける声はすぐに、ああ、とひとりでに納得する。


「あれだけ声出してたから、喉痛めたのかな。水でも飲む?」

「…(みず…)」


確かに、意識のある中ではもう何日も飲んでいないような気がする。
それでも、今は不思議なくらい水への欲求はわかなかった。

今なら動けなさそうだからいいかな、なんて呟きが聞こえて、カチャリと何か金属のような音が耳に届く。

肌に冷たい布のような感触が触れる。
その感触に、びくりと肩が小さく震えて、嫌だ、近づいてくるなと訴えようとして声が出ない。

俺の拒絶の意思が伝わったのか、はぁと呆れたようなため息とともに、優しく髪を撫でられる。
よしよしと怯える子供を安心させるようなその仕草が、今は恐怖以外の何物でもなかった。


「……もう、何もしないよ」


そんなこと言われても、信じられるわけがない。
でも身体も動かせなくて、声も出せない自分にはどうすることもできなくて。
結局無抵抗のまま、蒼にされるままになる。


「後で風呂に連れていくから、今はこれで我慢して」


前着てたやつは、汚れてしまったんだろう。
肩を抱きかかえられ、浴衣に腕を通された。

何故か目隠しだけはされたままだったけど、最早今更それについて蒼に言う気力もわかない。
最初は見えない視界が怖かったけど、…もう、慣れてしまった。
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