7

何をバカなことを言ってるんだ、俺。

……なぜか、一瞬忘れていた。

彼にはもう想い人がいるんだった。

でも、と卑しい感情が湧きあがる。

……恋人は、別れることだってある。

まだ俺にも何か努力をすればあの頃みたいになれる可能性があるのかな、と過った考えに寂しく笑った。


きっと、今はだめでも、まだ希望はあるんじゃないかって。

きっと、今まで見てきた人達みたいに何かが原因ですれ違って、嫌になって、俺のことを好きになってくれるんじゃないかって。

きっと、一ミリでもその可能性が残っているから今も俺を傍に置いてくれてるんだって。


……自分を必死に慰めて、まだ幸せになれる価値がある人間だと思っていることに笑ってしまいそうになる。


ありえない。

無理に決まってる。
一度だけではなく、何度も罪を犯してきた自分の行いは一生消えることはない。

今となっては過去のどれもが切ない思い出で、やるせなくて目を伏せた。


……その後、部屋に戻ろうとして、この屋敷にしては珍しく、何人かとすれ違った。


「何かお祝いごとがあるの?」


見慣れない気品のある格好で過ぎ去る人がいるたびに、「おめでとうございます、蒼様」「ありがとうございます」というやり取りを繰り返しているのが気になって、流石に聞かずにはいられなかった。

後ろを振り向いた蒼と目が合い、一瞬その真剣な表情にドキリとする。

「うん。そのためにあの人達は来てるから」と口元を綻ばせた彼は、答えてくれる。

そういえばいつもより慌ただしい感じだし、見たことない人がたくさんいる。

おめでとうって言われてるってことは、もしかして蒼の誕生日とか?と予想を膨らませていると、


「結婚するんだ」

「……ぇ、?」


一瞬、言葉が頭に入ってこなかった。

「け、っこん…?」と呆然と、繰り返した単語は、間抜けにも思えるほどの声。



「誰が、?」

「…………」

「…なに、何の、はなし、をしてる、の?…誰が、?どういう、」


(………、いや、まさか)


まさか、そんなはずないだろう、と先程まで耳にしていた言葉のやりとりから勝手に浮かんだ結論を否定する。

唐突な単語に、
何を言っているのかわからない、と震える唇で混乱するままに口に出した。


「何のって、まーくんに言ってなかった?」

「…っ、聞いてない、知らない、なに、それ」


焦らすようになかなか答えを教えてくれないくーくんに詰め寄り、指でその着物の布を掴もうとするけど、思うようにいかない。
触れたいのに、それすらできないように運命づけられているみたいに些細な行為すら叶わなくて、この滑稽な自分の手の愚かさに笑ってしまいそうになる。

……と、


「澪が、俺の奥さんになるんだよ」


今までと変わらない、他愛のない会話のように。
彼は残酷なほど幸福を滲ませた声音を零し、嬉しそうに目を細める。

呼吸を忘れるほど美しい微笑みを浮かべながら、

……俺を、奈落の底に突き落とした。
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