16


『まーくんは肌が白いから雪が似合うな』


そう言ってくれたのは、いつのことだっけ。


「風邪ひく前に戻ろう」

「……」


俺よりよほど体調が悪いから部屋に入っててほしいと伝えたのに、傍にいると言って聞いてくれなかった。


『俺の心配なんか、しなくていいよ』


そう言いたいのを堪えて、かけてくれた毛布を握りしめる。

それと相反するように、


嬉しい。
そう言ってくれて、凄く嬉しい。

傍にいたい。
離さないでほしい。
どこにも行かないでほしい。
ずっと俺を甘やかして手を握っていてほしい。

どろり、と見えない血で汚れる心と身体。

怖い。
自分の感情が、怖くてたまらない。


…こんなに、俺は気持ちの悪い人間だったかな。

全部どろどろとした欲求で染まり始めて、…その濃さに吐きそうになる。
…とっさに、手を繋ごうとして留めた。

便器として扱われ続けた身体も、血の跡が残った掌も、居場所がない。
この地球上で縋りついていい場所なんかない。


”…おれとけっこんしてくれる?”

”….................おおきくなったらな”


耳の残る声は、まるで絵本の中の御伽噺のようだ。


「…もう、遅いんだよね……」


呟いた言葉は震えを抑えきれていなかった。
未練がましく聞こえたかもしれない。

それでも、これで本当に最後だ。

何かが変わらないかと期待した。
もしかしたらと、願ってしまった。

顔は見れない。
…けれど息が詰まるような沈黙の間、否定する声は返されなくて、…白い息が零れた。

笑って、…隣を見上げる。


「くーくん」


出会って、一緒に過ごすようになって、こうして呼べるのはあと何回になるんだろう。


「結婚、おめでとう」


彼の幸せを祝うために浮かべた表情に、きっと嘘はなかった。


――――――――――――――――


はずなのに

……どうしてだろう。

やっぱり、どこかおかしくなってしまったのかもしれない。

噛まれた首元が疼き、胸がどうしようもないほど切なくなる。

昔とはまるで違う感情に飲みこまれかけて、吐きそうだった。
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