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昔よくしてくれていたように安心させるようによしよしと頭を撫でる手。
ひどく懐かしい感触に、ダムが決壊しそうになるほど感情が揺さぶられて、涙が滲む。

こうして隣にいる…今の瞬間にも、彼がこの世界からいなくなってしまうかもしれない。


……数秒後には、


何をしても答えてくれる声はなくて

優しく笑ってくれることもなくて

抱き締めてくれることもなくて

頭を撫でてくれることもなくて


今、傍で見れているものが全部、夢だったように、嘘みたいな過去になって

ただ、そこにある『モノ』としか思えないほど、身体が冷たくなってしまうかもしれない。


「――……っ、」


怖い。
怖い、怖い。

二度と味わいたくない。
あんな感覚、もう知りたくない。

きっと今までよりも想像をはるかに超えるだろうあの絶望を、孤独を、思い出したくない。

身体がなくなってしまいそうな、全身が消える感覚に囚われて目の前が真っ暗になる。


「……なんで、」

「……?…ぁ、ごめん、…なにか、言った…?」


腕を掴まれる。
少し焦ったような口調で零された呟きは途中で途切れて聞こえない。

問いかければ、彼は目を伏せて首を振った。

手が、離れる。


「体調悪そうだから、部屋に戻ろうか?」

「……ううん、だいじょうぶ」


ぎゅっと瞑って、喉を絞って声を出す。
へらり、と引き攣りそうな頬を必死に上げて笑って、「何でもない」と平静を装って返した。

今だけは、……今だけはいつも通りにしたい。

何もなかった昔のように、なんてあんなことをしておいて赦されるはずもないけど。

……俺が一つだけ願っていいのなら、これだけは赦してほしい。

一緒にいられるなら、もうこれから二度と、人生で何かを望んだりしないから、…傍にいたい。

蒼の全てを、泣きたくなるぐらいに心臓が締め付けられるほど…好きで好きで堪らない。

昔は、くーくんに会うまでは何もなかった。
欲しいものも、何かを期待することも、願うこともなかった。


だから、

今までのも、これからの分も全部使っていいから、


(……お願いだから、……ただ、彼とこうやって他愛のない話ができる、当たり前の日常を送らせてください、)


――――――――――――


もう後戻りできないほどに人を殺めてしまった。

こんな人殺しに願う権利なんかないのはわかっているけれど。
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