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……してない、と言ったらうそになる。
人を殺すのに、後悔しないわけがない。

魚や肉を捌くのとは違う。
……人の身体だ。

それまで普通に会話して笑って、そうして生きていた、誰かのものだ。


「してるに決まってるだろ、…っ、人を殺すのは悪いことだ、だめなことなんだ、後悔、してないわけない…っ、」


ただでさえご主人様は、少なくとも数週間、同じ場所で過ごした。

俺に向けられた表情を、見た。
笑った顔も、怒った顔も、…悔しそうな、泣き顔も、見てしまった。

されたことは酷いことばっかりだったし、好きだから、とか、そういうわけじゃないけど。

……相手が人だってことを実感するには充分すぎる時間だった。


「こわい、…っ、怖いのは、嫌だ…っ、」


でも、縋っていい身体などどこにもない。
安心を与えてくれる温もりなんか、既にない。

俺だって、流石に結婚を控えている人にこれ以上甘えていてはいけないことくらいわかる。

だから、だからこそ

取り残されて真っ暗になってしまうかもしれない世界が、怖くてたまらない。

またいつ忘れるか、嫉妬に駆られて人を殺したいと思ってしまうか、何もかもおかしくなった自分が怖い。
普通の人間みたいに、理想でいられなくなった自分が怖い。
何度も血に汚れたのに当たり前みたいに生きてる自分が怖い。


ずっと考えてる。

どうやったら結婚をやめてくれるか。
どうしたら蒼を取り戻せるか。

とか、

…どうせ結婚してしまうなら、ここにいることで俺の存在が迷惑になるのなら、あの時ご主人様の手を取っておけばよかったのか、とか。

蒼が、蒼だけが好きなはずなのに、…一瞬でも、寂しさを埋めるためならと他の人に助けを乞おうとして、違う選択肢を振り返ってしまう。

……また、自分が依存対象を探していることを実感してしまう。

人を殺したことより、必要とされたい方に意識が向く自分に失望した。

本当の愛がわからないから、普通の家庭がわからないから、こんな思考になるのかさえわからない。

意地の悪いことばかり、考えてしまう。

どうしたらいい。


(……、どうすれば、いい……?)


助けてほしい。
また、手を伸ばそうとしてしまう。

好きな人がいても優しくしてくれるからって、いつも、いつまでも蒼がいないと何もできない俺は、情けなくて弱くて、自分が今しなければいけないことの判別もつかない。


「いい、から、はなし、て…っ、今は一人にし、」

「離さない」


言いかけて、遮る強い声。
話すたびに耳元に吐息が触れ、抱き竦めるようにして腕の中に閉じ込められて、身体が更に密着する。


「嫌だ…っ、もう、俺のことは放っておいて…っ、澪のとこへ行けばいいだろ…っ!!」


痛い、胸が、苦しい。
えぐられてる。引きちぎられる。


「行かないよ。今はまーくんの傍にいる」

「……っ、」


抱き締めながら囁かれるその言葉に身体が震え、涙が零れ落ちる。
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