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言いたいことがぐちゃぐちゃで、顔を覆ったまま首を振ってふらついて床に座り込んだ。


「違うから、」


違う、違うんだと、否定する。


「俺が泣いてるのは、あの人を傷つけたからで、…っ、こうなるのも、別に、おかしくないし、怖い、怖くて、たまらなくて…っ、だ、だって、俺は、やっちゃいけないことを、したんだ…っ、殺した、あの人を殺した、から…っ、」


今のこの涙は違う理由だって思わせたかった。
結婚するってことにショックを受けてると思われたくなかった。

でも、嘘じゃない。

お母さんを、市川って人を、ご主人様を、

……蒼を、刺したリアルな感触は、永遠に俺に付き纏って地獄のように思い出させてくる。 


(それに、)


くーくんと会う前、会った後も、幼少期に知識のないまま色んな人としていた性的な行為も、
ご主人様に監禁されていた部屋でされた奴隷のような扱いも、首を絞められて何度も強姦されたことも、

忘れようとしても忘れられなくて、

だからこそ、余計に、覚えている感触が残っていて。

比較したくないのに、『彼女』の綺麗さと比較してしまう。


「ら、だ、って、こんなに、こわ、ぐて、嫌、っ、なのに、くーく、ん、も、もう俺、のこと、い、いら゛、ない、っれ、っ、」


身体の震えがとまらない。

結婚生活が必ずそうとは限らないけど、結婚自体はただ一人を選ぶための契約だということは知っている。

これは明らかに、いらないという烙印を押されたも同然だった。

助けて、ひとりにしないでって、自分勝手に泣き喚いて、涙で溺れる顔を腕で隠す。


「まーくん、」

「…っ、」


手首を優しく掴む手に、抵抗する。
けど、強引に抱き締められた。

強い力でぎゅって抱擁してくる腕から逃れられず、泣いたまま身動きする。


「後悔してるの?アイツを殺したこと」

「……っ、」


落ち着いた感情のわからない声で問いかけられ、びくりと震える。
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