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『どうせ、俺を抱かないんだから、いいだろ?』とお互いにとって好都合、かつ蒼は喜ぶどころか褒めてすらくれるんじゃないかと思える提案の確認をしようとして、胴を抱く腕に力が込められた。


「……ぇ…?、」


身体を抱き寄せられ、顔を首筋に埋められる。

す、と息を吸うように、……そこに触れる、吐息。


……と、


「……っ、!!?!!、ぃあ゛――…っ、ぁ、あ゛…っ!!!」


肩に、思い切り噛みつかれた。
それも、限りなく首の付け根に近い場所に。

牙が食い込み、骨にまで到達しているような痛み。

深くなる度にびくっ、びくんっと跳ね、逃げ出そうとしてもしっかり腰を抱き留められていて、強い痛みに泣いた。
首に顔を埋められたまま、肌に触れる彼の黒髪と、噛まれ続けている場所。

こんなの、甘噛みどころじゃない。


「ぅあ゛、ぁ…っ、ね、痛い…っ、いだ、痛い、ってば、や…だ、っ、」


本能で身体が震え、泣くほどのあまりの激痛と寒気に、何故と混乱して身を捩る。
泣いて謝って、……やっと、離れる。


「…っ、ぅ、う、…っ、」


ジンジンと痛むそこを舌で舐められ、血が滲んでいるのか、舌が這うとかなり沁みて痛い。
びくびくと舌が動く度に身体が小さく跳ねる。


「…ど、して…っ?」

「まーくんが、死にたくなるくらい酷いことを言うから」

「……っ、」


どっちが、と言い返そうとして、彼の表情に息を呑む。

……何を考えているのかわからない。
蒼が結婚するなんて言わなければ、俺だって言うつもりはなかった。

結婚するくせに、思わせぶりなことをするから、だから少しでも蒼が戸惑ってくれたらいいなって期待した。

あんなのは八つ当たりだ。あてつけだ。

……本当は、傷つけようと思う権利すらないのはわかってる。

俺は、蒼の言う全てを受け入れなければならない。

それぐらいのことを、してしまった。

生きているだけで感謝すべきなんだ。
恨まれて、罵られてもおかしくないのに、蒼はそうしない。

それだけでも、床に膝をついてお礼を言うほどのことだ。


「最後に、聞かせて」

「何?」

「……本当に、……澪じゃないとだめ…なの…?」


答えを聞くための問いじゃない。
伏目がちに静かに頷くのを見て、……そ、っかと返した。


「じゃあ、俺にも噛ませてよ」


要求すれば、まさか言われると思わなかったんだろう。
得られた反応に少しだけ満足する。


「させてくれるなら、もう何も言わない」


決まった相手がいるから、了承はできないだろう。

こうすれば絶対に嫌がられる。
と、思ったのに、意外にもあっさりと受け入れられた。


「わかった。いいよ」


戸惑う俺に対し、蒼は顔色一つ変えずに浴衣の肩元を下げた。

そうすれば惜しげなく美しい首筋から肩、二の腕が晒される。
胸を覆っている包帯から目を逸らし、浅く呼吸をした。


「……っ、本当に、?」

「まーくんがしたいって言ったんだろ」


冷たく、綺麗で整った顔に催促するように見つめられて、……ゾク、とする。
意識するより全身が熱を上げるほど見惚れてしまい、…本能で手足が震える。

まるで獲物を前にした飢餓寸前の吸血鬼のように喉を鳴らし、……躊躇うことなく、その場所に顔を近づけた。


―――――――


(ああ、このまま、)

(……蒼の全部が俺のものになればいいのに)


哀れな願望を抱きながら、薄く自嘲して笑った。

これから行為をする時、澪が気づいたら良い。
見るたびに俺と蒼の営みを想像して、嫉妬すればいい。

そんな、汚い感情を流し込むように、
……肌の感触に沿って、歯を押し当てた。
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