9

振り向きざまに近くに置いてあった枕を投げつける。
当たったかどうかはとめどなく溢れる涙で滲んでいて、隠すのに必死で見えない。

結局、俺のしたことは無駄だったんだ。
それなのに、あんな、…あんなに、酷いことをしてしまった。

……『ご主人様』を、この手で、殺してしまった。

見返りを求めたわけじゃない。
そうしろって命令されたわけでもない。
勝手に考えて勝手にしたことだ。

蒼は何も悪くない。

希望を、見いだせる行為じゃないことはわかってた。

………けど、どうせこうなるなら、と、思ってしまう。
ご主人様を殺したって、蒼が俺だけを見てくれるようになる未来なんて初めからありえなかったんだ。

勝手にしたくせに、責任を蒼に押し付けようとしている自分が最低だって自覚している。

けど、そうでもしないと自分を保てない。


「……っ、…て、」


傍にいられるなら、何も望まないと誓ったのに。
これ以上、欲しないとあれだけ覚悟したのに。


……わかってた。
人を殺して得ることができるものなんかないってこと。

ずっと昔に、思い知ってたはずなのに。

(……ごめんなさい、)

殺して、奪って
これから未来に起こりうる幸せを壊してごめんなさい。

俺が死ねば良かったのに、まだ死に損なっててごめんなさい。
赦されないけど、彼の傍にいさせてください。

…この数日間、泣いて声が枯れるほどそう謝ってきたのに。

心のどこかで期待してしまっていた。
また、俺はありもしない夢を見ようとしてしまった。


「おねがい、から、今はひとりに、して…っ、」


これ以上醜い姿をさらしたくない。
蒼に、酷いことをしたくない。

蒼が悪くないことで、責めたくない。


……のに、


「……こんな状態で、放っておけない」

「っ、」


俺がこうなってる原因がわかってるくせに、まだ優しくしようとする態度に身体が熱を上げる。


『結婚するぐらい好きなら、最初から、大好きな澪のところにずっといればいいだろ…っ、俺なんかに構ってないで、』


そう、全部ぶつけてやりたくなる気持ちを堪える。
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