あの日の、

***


夜、蒼はいない。
今頃、澪と二人きりで熱烈な口づけを交わしているんだろう。

……さっき俺としていたみたいに。

婚約者がいる立場でこういうことをするのは良くないって言ってるのに、気まぐれに指先で愛撫しながら俺に甘い言葉を囁き、身体を弄んだ。

きっと…昼間より、それ以上の行為を。


(……蒼は俺とはしないから)


先程まで重ねていた綺麗な肌を、薄く整った唇を、甘く優しい声を別の相手のために使って。
俺と過ごした時間をなかったことのように上書きし、お互いを想い合った官能的な時間を過ごしている。

沸々と黒く汚染し、濁る感情を必死に殺した。


「…あ…っ、た、…」


部屋に戻って、崩れ落ちるようにして『それ』を両手で包むようにして握りしめた。
俺がいないことがばれる前に早く戻らなければと焦っていた感情も一気に消える。

……数時間前、見かけた使用人のひとに声をかけて、明りを持って大きな扉の横、…小さい方を開いて屋敷を出た。

真っ暗な深夜。
明りのほのかな光の下、どれだけ探しても探してもどこにもなくて、見つからない、…ない、とまた泣きそうになっていた。

土塗れでどろどろに汚れた手。


「夢じゃ、なかった…」


その手の平に収まる冷たい金属を見下ろし、零れ落ちた声は震えていた。
先程まで、安堵からか沁みる感情によって勝手に頬を伝っていた涙のせいでひりひりする。

(……蒼が、あの日くれた、ネックレス…)


「見つかって、本当に良かった……」


手に触れる感触が、微かに光るうさぎと月の美しい飾りが、現実だと伝えてくれる。

……蒼を、刺してしまった後、
屋敷から逃げた後に森のどこかに落としたことだけは覚えていた。

……もう、見つけることなんてできないんじゃないかと思った。

あれも全て俺の夢で、幻想で、
そんなものは幾ら探しても、この世界のどこにもないんじゃないかって、諦めかけて、

……気が遠くなるほど草むらをかきわけて、探して、探して、…やっと…取り戻すことができた。


蒼の気持ちは二度と俺の元に戻ることはないとわかっていても、…ネックレスがあれば、あともう少しくらいはこの苦痛と幸福とでぐちゃぐちゃな毎日の時間を耐えることができるような気がした。


「どこに行ってたの?」

「っ、な、」


聞こえるはずのない声に、驚いて振り向く。

……と、蒼が壁に背を預けて立っていた。

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