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(……な、んで、蒼がここに…)


というか、いつからいた…?

まさか、全部……見られてた……?

いや、でもそうだったら、違う聞き方になるはずだ。
見られたなら、今持ってる物について真っ先に詰問されているだろうから、それはない…と思いたい。

そもそも、どうして今日はこんなに早いんだ。

いつもなら、一度澪のところに行ったらしばらくは来ないのに。


「どうしてるかなって、様子を見に来たんだけど」

「……っ、ぁ、」

「なんでそんなに驚いてるの?戻ってくるかもしれないことくらい予想できただろ」


慌てて握っていた物を背中に隠してしまい、余計に怪しまれる行動になってしまった。

暗い夜の中でもその存在感は圧倒的で、艶やかな黒髪を微かに揺らして首を傾げる。
冷たく美しい顔が俺を見下ろし、探るような視線を向けてくる。


「で、さっきの質問の答えは?俺は、どこに行ってたのかって聞いてるんだけど」

「あ、ちょ、っと、あの、風にあたりたくて、散歩、を、」

「こんなに寒いのに、真夜中に散歩してたの?」


怪訝な声音で追及され、機転の利かない自分を叱咤する。

確かに、理由にするにはおかしい。
昼間に雪が降っていたのもあって、今は一歩部屋から外に出ただけで凍えるほどの風が身体に当たり、手足が悴む。

まともな人間なら、かなり低い気温に加えて、明りを持っていても近くの景色さえ暗くてほとんど見えにくいこの時間帯に外を出歩いたりはしないだろう。


「……ごめん、なさい、」


……どうして、だろう。

怖い。
ただ言葉を交わしているだけなのに、尋問を受けているような……身が竦むほどの威圧感に縮こまる。


「謝ってほしいわけじゃなくて、俺は、」


寒さではなく畏怖に震えている身体に気づいたのか、何故か少し早口で…さっきより大分柔らかくなった声に顔を上げれば、視線が絡む。

と、微かに動揺した表情で、軽く喉を上下させた。


「……泣いてた…?」


戸惑い、気遣うように頬に伸ばされた手から、僅かに身を引く。

さっきまで外で何をしていたのか、何を持っているのかを絶対に知られてはいけない。
これを見られたら、きっと蒼はすぐに俺の記憶が戻ったことに気づくだろう。


(……っ、だめだ、絶対に、それはだめだ…っ)


「あ、あの、ほんとに、くーくんに迷惑がかかるようなことはしてない、から」


勝手な行動をしたことについてもう一度謝罪し、「ちょっと、汚れたから手洗ってくる、ね」とまくしたてるように呟く。

このままここにいれば良くないことも話してしまいそうな気がして、顔を背けて洗面台に向かおうとした。

……けど、差し出された腕をお腹に回され、引き留められる。


「逃げないで」

「…ぇ、」


耳元でそう呟く声が、抱き締められている身体が、縋りつくように微かに震えている気がして、狼狽えた。


「俺を置いて、……捨てて、出て行ったのかと思った」

「……っ、」


こういうところに、怯んでしまう。

庇護欲を掻き立てるような、普段とは違う弱い態度にきゅーっと苦しいほど胸を締めつけられ、絆されかけてしまう。
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