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……どうして、と毎度毎度、叫びたくなる。

どうして、彼女にそんな表情を見せるの。

蒼にとって大事な人だと一目でわかるほど、愛おしそうな、優しい顔で。

……基本、誰に対しても冷たく、無表情だったあの頃とはまるで違う。

『他人』に対する表情とは全然、違う。


苦しい。
苦しい。
この違いが、差が、実際に見せつけられると息ができなくなるほどに苦しい。

どうして、俺じゃなくて。

どうして、どうして、どうして。

……何千回、何万回と心の中で自答自問し、…何度も諦めては縋って熱くなる瞼を伏せる。

眩しいほど親密なやりとりをしている方向を見ながら、高貴な服装を身に纏っている男たちは声を上げていた。


「お似合いだな。周囲の女性だけでなく男性をも虜にするほど美しい容姿に恵まれた蒼様が、どのような御方を選ばれるのかと思っていましたが、澪様なら御家柄も外見も含めて納得だ」

「ええ。実に喜ばしい。噂によると、跡継ぎができるのも時間の問題だとか。一之瀬家も更なる繁栄が望めそうですな」

「おお、それはそれは喜ばしいことだ」

「御父上が亡くなられた時にはどうなるかと思いましたが、蒼様は御父上の仕事を引き継いだ上に新しく事業も立ち上げられて、素晴らしい才能までお持ちでいらっしゃる。奥様となられる澪様が心身ともに支えとなることでより事業の発展を――――」


聞いていられずに、身を翻した。
耳に手を当て、世界の音を消す。

体勢を崩し、ふらついたところに誰かに背中がぶつかった。
結構強く当たってしまい、眩暈に耐えていたのもあって呆気なく床に膝をついてしまう。


「ご、ごめんなさ」

「屋敷内をうろついて、お嬢様に迷惑をかけないでください」


「娼夫のくせに」と、落とされた言葉に顔を上げる。

最近特に見かけるようになった女性の一人。
元々澪の家で働いていたらしい。

……当然だろうけど、良く思われていない。

(……そうなる……よな、)

主人が結婚すると思ったら、旦那さんになる相手に素性の知れない男がつき纏っている。

嫌われてしまうのも無理はない。

振り返りもせずに廊下を歩いて行ったその後ろ姿が見えなくなると、呼吸を忘れていたように薄い酸素を求め、ゆっくりと浅く息をする。


「……っ、ぁ、」


澪と目が合い、びく、と震え、顔を背けた。

彼女の視線の先を追うようにしてもう一人に見られる前に、立ち上がる。

走って、走って、…やっと部屋の中で崩れ落ちるようにして荒い息を吐いた。


――――――――――

お前さえいなければ、と。

彼と二人なら幸せになれるのに、何故まだ出ていかないのかと。

そう無言で訴えるような彼女の目から、俺は逃げることしかできない。

……抉られ、潰されるような痛みにどれだけ泣きたくなっても、死にたくなっても、

これが、赦されないことだとしても、

――――まだ、蒼の傍にいたい。
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