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彼の肌を、…息遣いを感じている間だけは、かろうじで呼吸ができるような気がするから……みっともなく求めてしまう。
まるで酸素を奪われているペットのように、与えられる一瞬のご褒美にむしゃぶりついて、縋って。
だめだってわかってても、身体のどこかがどうしようもなく感じてしまう幸福感に胸を締め付けられて、……なのにそれ以上にぎゅーーってなる痛みに苦しくて息を吸うことさえうまくできなくなって。
呼吸を止めているような時間が、永遠に続く。
(痛い、苦しい、泣きたい、助けて、痛い、痛い、痛い、)
見上げて、……目が合って、心が張り裂けそうになる。
壊れそうなぐらい、……好きで、……好きだから、…好きすぎて……つらい。
……本当に、この身体はどうにかなってしまった。
「俺に、どうして欲しいの…?……何が足りないの…?」
「………」
「こうやってずるずる受け入れちゃってるのも、……だめだってわかっててここにいるって決めたのも俺、だけど、やっぱりだめだ…」
これ以上自分を嫌いにさせないでほしい。
嫉妬に駆られた醜い人間にしないでほしい。
頭の中で蒼の好きな相手の名前を思い出すたびに何度も黒く塗りつぶして、消し続けるのは嫌だ。
邪魔だから、傍にいたいから、自分を見てほしいから…そんな理由でもうこれ以上誰かを殺したくない。
このままだと、また殺してしまう。
今のままではこの感情のままに、自分勝手に行動してしまう。
憎みたくない。
嫌いたくない。
妬みたくない。
そう、思うような人間になりたくない。
「俺が知ってるくーくんは、こんなことする人じゃなかった…」
くーくんは、おれが寂しい時、泣いてる時ずっと傍にいてくれた。
大丈夫だって声をかけて、一緒の布団で寝てくれた。
おれのために、お母さんから守ってくれた。
「好きな人を誰よりも大事にして……大切に想ってた。他の人を代わりにするような、性欲のはけ口に使う人じゃなかったのに」
幼い頃にした俺との約束をずっと覚えててくれて、守ってくれた。
俺が全部忘れちゃってるのにそれを責めることもなく、優しくしてくれた。
また、昔みたいに傍にいるって、好きだって言ってくれた。
抱き締めて、温かい言葉をかけて頭を撫でてくれた。
他にもたくさん、してくれたこと全てが感謝してもしきれない。
だから、
「結婚するなら、尚更こんなことしてるのはおかしい…っ、せめて、くーくんだけは…っ、本当に…心から好きになれる人が出来たんだから……俺は、ちゃんと幸せになってほし、…――ッ、」
手首を掴まれ、組み敷かれる。
唇を奪われて、言いかけた言葉は重ねられた吐息の間で消えた。
「黙って」
「……っ、」
夜の部屋。
僅かに空いた障子の隙間から差し込む光で微かに見える彼の表情は、何故か酷く泣きそうに見えた。
驚きに目を見開く。
……と、瞼を軽く伏せた顔が近づけられ、再び唇を塞がれた。
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