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でもまぁそれもただの僕の好みの話でしかない。
どうでもいいことだ。

執事長に代わり、屋敷内を案内してくださることになった澪様の後を数人でぞろぞろとついていきながら、内省した。

考えていたら、突如振り返った澪様に気づかれてしまった。
不躾に見すぎたと後悔した時には手遅れだ。

何か気になりました?とつぶらな目で問われ、…咄嗟のことでうまい言い訳も思いつかない。

褒めるのならいいだろうと、髪について一応失礼がないような言い方でしどろもどろに称賛しておいた。

すると、嬉しさを含んだお礼の声が返される。


「最近、彼に言われたんです。こっちの方が良いって」


声音に、先ほどまでの堅苦しいものとは別の色が混ざった。


「地毛は黒だったんですけど、思いきって染めてばっさり切りました」


澪様が、想像通りの髪だったということに驚く。
どうやら、蒼様は僕と好みが一致しなかったらしい。

……色も切ってしまったのも、勿体なく感じてしまう。


「そしたら、蒼が可愛いって言ってくれたの。以前にも増して大事に、お姫様みたいに扱ってくれて、とても大切なものを見るような目で愛でてくれるようになったんですよ」


恋する女性の表情を浮かべる彼女は思い返しているのか、まるで実際に今そうされているように気持ちがよさそうに微笑む。

少し崩れた敬語は、好きな人を思い浮かべていることを如実に表していて可愛さとほほえましさを覚えた。


「でも、それだけじゃなくて。元々凄い方ではあったんですけど、髪型を変えてからは猶更昼夜を問わず、毎日動けなくなっちゃうぐらい熱烈に私を抱きたがって……、ぁ」

「……」


興奮した様子でそこまで言いかけて、ようやく使用人相手に話していい内容ではないと気づいたらしい。

お二人の夜の営みのことまで口を滑らせかけていた。
もう既に半分以上しゃべってしまっていた気はするが。

一緒に聞いていただろうほかの使用人たちの方を振り返る余裕は、今の僕にはない。

澪様も最初落ち着いて見えたが、年相応のふるまいもされるのだと知った。
古く親しい友達にするような素振りでの、婚約者との男女関係の話。

……そういう年頃なのは仕方がないが、今日会ったばかりの使用人達にこうも軽々としていい話題ではない。

今度は向こうがしまった、と口を閉じる。


「続きは、…他人様には言えない、事情、がありまして……」


言えない、と言いながらも、先を聞いてほしそうな口調で訂正していた。
ほぼほぼ口にしていたような気もするが。

鮮明に思い起こしてしまったのか、ピンクの口紅と似た色に染まる頬。
その赤く熱を持った場所を手で冷やすようにおさえて、もじもじして、ただならぬ雰囲気を感じさせながら目線が逸れる。

……主人の奥様にこういう表現をしていいのかわからないが、事後の女性のような表情をしていた。

首筋についている幾つかの情事の痕跡を見て、色々と察する。

良からぬ妄想が頭をよぎって、何を考えているんだと首を振った。

それにしても、


「…………(結構な数の痕をつけたな……)」


後ろだけじゃない、前にもある。

蒼様は独占欲が強い御方のようだ。
そして、婚約者である澪様を疑う余地もなく深く溺愛している。

これだけ立派な家柄同士の結婚ともなると利益のみの契約上の関係でもおかしくない。
にもかかわらず、こういった行為をするということはお互いの気持ちの上で結ばれた縁であることは間違いない。

わざわざ髪の毛を切らせたのは、キスマークを晒すことで自分のものだと他の男に見せつけたかったんだろう。
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