8
生まれながらにして、感情を必要のないものだと悟っていた王子様。
しかし、彼は人形のように失い…動かすことのなかった『それ』が、お姫様との運命的な邂逅によって無自覚に変化をもたらされたことを自覚せざる得なくなる。
否が応でも身体の内側で起こる不可思議な感覚。
それ自体を定義して形づける方法さえ知らず、彼女との出会いで初めて感じる『何か』に彼は困惑し、その正体がわからずにいた。
数年後成長し、あれが恋だったのだと知った彼はついに彼女に想いを告げ、二人は結ばれることになったのだ。
「今、彼はそうして大事に育ててきた私への想いや言葉を惜しみなく伝えてくれます。出会った頃ではそういった感情を知らなかった蒼が、……ついには結婚したいとまで私に言ってくれたんです」
……と、夢見る少女の表情で庭を見ていた奥様は、ぱっと振り向く。
こっち…使用人一人ずつの顔を見渡して、にっこりと笑みを作った。
「蒼は、私と会ったことで変わったんです。出会った頃の彼だったら、誰かを愛するということも知らなかった。……今の私たちのように恋人になることも、婚約者になることもできなかった」
『私と』を強調し、並々ならぬ想いがひしひしと伝わってくる。
「恥ずかしがって言わないけど、そういう経緯もあって蒼は私をとーっても愛してくださってます」
そして今までの話を総括するような、自身に対する蒼様の深い愛を声高に皆に宣言し、
「だから、皆様は蒼に……私の最愛の夫 によからぬ感情を抱いたりしないでくださいね?」
僕に
……否、
使用人全員に対して 牽制を、した。
少女のような顔でにこやかに微笑む彼女の口から放たれたのは、明らかに敵意だった。
しかもそれは使用人の女性だけでなく、僕ら男に対してもだ。
奥様の並々ならぬ想いを感じ取り、先ほどまでわいわいとしていた使用人全員が静まり返ったのは言うまでもないことだった。
[back][TOP]栞を挟む