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(……何故、…震えがとまらないんだ……)


信じられない。

執事長に一同促され、蒼様に深々と頭を下げながら挨拶をすることになっても、本能が起こす身体の現象は収まらない。

人を狂わせるほど美しい外見をした男というものを人生で初めて目の当たりにして、羨慕より恐れの方が勝った。

相手が男だとわかっていても、勝手に速くなる鼓動と誘われるような蠱惑的な尋常ではない色気に唾を飲む。

……あの腕に抱かれたらと、催眠性の色香にでも酔ったかのように勝手に思考が朧げになって想像を掻き立ててきた。

(……今、何を考えたんだ……僕は…)

人生で男相手に一度も考えたことなんかない。
まるで自分が女にでもなったかのような、ありえない魔性じみた誘惑。

考えようとしてそうなったわけではない。
勝手に、浮かんできた。なんなんだ、これは。

…どちらにしろ、年下だとか、つい先ほどまで抱いていた敵対心とか哀れみとか、そのような思考をすることさえおこがましかったのだと身に染みて感じた。

そういう、次元で考えていい相手ではない。

これが、同じ男でいいのか。
こんなこと、ありえていいのか。

同じ日本社会で生まれ育った環境と人間かと、何度頭の中で疑惑し、思ったことだろう。


……しかし、そんな形容できない感情を抱いた直後 奇妙な違和感を覚えた。

どんな女だって手に入れられる容姿。
その外見を使って、きっと婚約者の澪様も得ることができたんだろう。


「ずぅーっと探してたのに。どこにいたの?」


ぷんぷんと頬を膨らまし、機嫌を損ねていることを隠しもしない。
奥様は飛び込むようにして抱き着き、頬を蒼様の胸にこすりつけている。
彼の身体に押し付けるように、惜しげもなく大きなおっぱいが間で潰れているのが見えて羨ましくなる。


「澪、人前でそういうことをするのは良くないって言っただろ。見られてるよ」

「もぉー、恥ずかしがらなくてもいいのに」


まんざらでもない様子で怒って見せる奥様と、機嫌を損ねた婚約者へ宥めるような優しい笑みを零す蒼様。

結婚秒読みな二人の、ラブラブな空間。

特に女性にとっては披露宴もある人生で最初で最後の特別な一大イベント前なのだから、このくらいの親密度で当然といえる光景だ。


……だが、


「私を放って行くなんてひどい!」

「呼んだ方が良かった?やることがあるって朝言ってたから、声かけなかったんだけど」

「あったけど、そんなのどーでもいいの。どこに行くのも一緒にって約束したでしょ!」


蒼様を見上げる奥様は、唇を尖らせた。
可憐な仕草で放置されていたことに対する文句を告げている。


「いなかったんだから仕方がないだろ。待ってる余裕もなさそうだったから、先に式当日に着る服装のことで仕立て屋と話してた」

「え、一緒に見たかったー!誰よりも私が一番蒼様のことを知ってるんだから、お揃いで似合う御着物も選んであげたかったのに…」

「ごめん。後でしたいこと何でもしてあげるから」


抱きついてへそを曲げて唇を尖らせていた奥様は、やわらかく頬を緩ませて言われた言葉に期待に満ちた目を向ける。
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