12
「…っ、なんでも…?本当に…?」
「嘘じゃないよ。だから、怒らないで。澪は笑顔の方が可愛いし似合ってる」
ご機嫌をとるように撫でるように化粧を施した頬に手で触れられ、途端に熱を上げ、息遣いが荒くなったのが見て取れる。
メイクをしていてもわかるレベルで塗っている口紅のように赤い顔を恥ずかしげに背けた。
責めていた声は褒められたことで嬉しさを滲ませ、あっという間に萎んでいく。
「それに、様はつけないって前言ってなかった?」
「ッ、……うん……」
一見、甘ったるい。
犬も食わないようなデレデレないちゃいちゃ会話をしながら、蒼様が奥様の頭を撫でて、可愛がる感じで愛しい恋人を慰めている。
……ように見える。
はず、なのに、
(……なんだ、これは……)
やはり、気のせいじゃない。
仲睦まじいやりとりと、目の前との現実との差異にぐらぐらめまいがする。
「もうすぐ結婚して夫婦になるんだから、澪には色々慣れてもらわないと」
「…ッ、……うん、……そう、そうだよね。私たち、やっと好き同士ってわかって、両想いになれたんだもんね……。長かったけど、ようやくあおいの奥さんになれるんだから、…慣れていかなきゃ。………あの男じゃない、私が、なれるんだから……」
顔を伏せ、破裂しそうな心臓をおさえるように胸に手を当てながら頷く奥様は感激と喜色が隠しきれていない。
あの男…?
次第に小さくなり、もはや耳を澄まさないと聞こえない程度の音量で呟かれた声音の意味は僕には理解できない。
「ね、蒼…私が奥さんになるんだもんね……?」
黒留袖に似た着物。
その袖に通している腕を蒼様の背中に回して、問いかけながら愛しく想う男の胸に顔を埋める奥様は、ほっと安堵し、この世の幸せをすべて手に入れたような声を零した。
…それに、対して
(……っ、)
「……うん。澪が、俺の奥さんになるんだよ」
うつむいて耳や首まで赤くなっている奥様を抱きしめるようにして、髪を撫でる仕草は声と同様に決して乱暴なものではない。
「嬉しい…っ、私、…愛してる…っ、愛してるの、蒼…っ、」
感極まっている恋人に応えるように「俺も愛してる」と返す蒼様の声は、きっと世界のどの男性よりも甘く優しい。
なんと、感動的なシーンだろう。
なんと、過去の苦難を鑑みれば心揺らされる二人だろう。
長年結ばれなかったことを考えると、やっと通じ合えた恋人同士。
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