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だが、何故だろう。


『それ』は、

……どう考えても好きな女に対するものには思えなかった。



「………」



その愛を受けている者にはわからない。

その腕の中にいて、彼を見ることができない者は永遠に気づくことができない。

関係のない他人が、傍から見て、感じて、初めてわかる。


――澪様に自分の妻にすることを約束する言葉を蒼様が返した時。

つい数秒前、髪を撫でながら零した優しい台詞と裏腹に
明らかに人間味を感じさせないほど、冷めている目と温度のない表情。


今だって、そうだ。


「ねぇ、…もう一回愛してるって言ってくれる…?」


澪様の望むように、
それこそ、澪様に言ってほしいとお願いされ、そのすべてに従う『人形』のように応え続ける蒼様は。


「澪しか見えてないよ。愛してる。だから、そんなに不安にならないで」


その甘い言葉を吐いている薄く整った唇に対して

……一瞬でも些細な過ちを犯せば殺されてしまうと錯覚するような冷え切った顔は、その美しさがよりいっそう見た者の視線を奪い、凍り付かせる。

愛を囁いている最中にでさえ、面倒だから早く終わってほしいとでも思っていそうな、……いや、それ以上に無関心に近い、どうでも良いとさえ思っている態度だった。

想い合う二人の逢瀬とは到底思えない。
奥様はこっちに背を向けて蒼様に抱きしめられているから、顔を見ることができない体勢のせいで気づいていない。

僕ら使用人からしか、見えていない。

しかし、そんな風にこれがおかしな光景だと考えているのは僕だけらしい。


(…なんで、みんな普通にしてるんだ)


他の使用人達だけでない。
僕らより前からいるはずの執事長でさえも涙ぐみ、拍手でもしかねないような祝福の眼差しで二人の(奥様の一方的な片思いにしか見えない)睦み合いを見守っていた。

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