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今までどうやって無事でいることができたのだろうか。
それとも言葉にすることを危ぶまれるようなことをされてきたにもかかわらず、こう…警戒心がなくいれるものなのだろうか。
「……っ゛、そう、だ…、くー、ぐ、んは、…っ、おれ゛、じゃな…っ、ぃ…っ、…れ゛、ぃ、と……ッ、ぅ、…っ、」
……ずっと、繰り返している。
少年は『くーくん』を待ち続け、僕がその人でないことがわかると途端に顔に痛みを滲ませて泣き出す。
ちがう、いたい、苦しい、ごめんなさい、うまれてごめんなさい、助けて、いやだ、やめて、いたい、つぶれる、くーくん、いっしょに、って、嗚咽に埋もれながら自虐な言葉まで吐いて、時には肉体の自傷をしていることもあった。
心臓に激痛が走っているように胸をおさえて、お二人がいるだろう部屋の方向に視線を戻して、愛おしそうな表情を浮かべながらもまた枯れるぐらいに泣いている。
せっかく勇気を出して声をかけたにもかかわらず、求めていた彼とは違うと最初に言葉にして言われたときはさすがに傷ついた。
だが、初日に初対面であんなことをしてしまった僕がショックを受ける筋合いはない。
……幸いといっていいのか。
今日は泣きすぎて疲れたのか、少年はぼうっとしているような呆けた雰囲気で(奥様の言葉を借りるならまさに人形のようなというのが相応しい)……まだマシな日であることを察して、声をかけることにした。
「……僕を、覚えていますか」
「……?、」
彼は、…柊 真冬くんは何度話をしても僕のことを認識していないのか、ただ興味がないのか、全く知らない相手であるかのような反応をみせる。
勿論あれ以来一切触れてもいないし、部屋の外から声をかけるくらいの距離はとっている。
初日に襲おうと(?)してしまったことを次に来た日に謝ったが、少年は特別どうにも思っていなかったのか、なかったことにしたいのか何も覚えていないといった風だった。
最初は意図的なものだと思った。
少年の心に傷を負わせるようなことをしてしまった僕が悪いと思いつつも、加害者としてありえない理不尽な怒りも多少は沸いた。
……が、それがわざとでないことは数日とたたずにわかった。
数度忘れているのかと思い自己紹介もしたが、何度話して聞かせても少年は毎度初めて聞いた顔をする。
ふにゃ、と涙で赤くなった頬をあどけなく緩ませ、普通に僕の質問にはこたえてくれるから、決してあれが原因で忘れたふりをしているわけじゃないことを知った。
少年がまともな状態の時は普通に話してくれることがありがたくて、浮かれたこともあった。
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