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……澪様ではなかったのだ。

別の部屋で女と体を重ねている蒼様を想って、まるで壁越しに彼がいるような表情でその方向を見て、泣き疲れた崩れかけの笑みで目を潤ませる。

すき、すきだと、くーくんが好きだと声をおさえて全身で叫ぶように言いながら途中、耐えきれなくなったようにまた大粒の涙と嗚咽を漏らしていた。

守ってあげたくなる雰囲気と撫でたくなるような態度は、見た目よりもやはり幼く感じる。

叶わないとわかっていながらも愛し合うための行為を聞き続けるしかない少年は、どれほどの痛みに切り刻まれているのだろう。


……何故、ここを離れないのか。


そう、考えていた謎はすぐに解けた。

いつもの夜の時間。
日課となりつつある、少年の部屋に向かった。

……珍しく今日は障子が閉まっている。


そっと、ばれないように窪みに指をかけて、ほんの僅かに動かす。


「………………」


目にした光景に、言葉を失う。
微動だにできなかった。

同時に、…そうだったのか、と納得もした。

あれほど少年が苦しみ、泣いていたのにここから離れようとしない。
その理由を間のあたりにして、ようやく腑に落ちた。


普段なら一人で泣きながら自慰行為をしている。


その部屋で今日は、


――――少年が、蒼様と唇を重ねていた。


二人の並外れて整った容姿も相まって、それはまるで絵画のように美しい情景だった。

縋りつくように乱れるのも構わずに相手の服を握り、濃厚に淡い赤色の舌を絡めながら唇の隙間から時折零れる涎など気にもならないというように。


「……おね、がい……っ、……澪、じゃなくて、……今はおれを、みて…」


お互いに形の良い唇から零れる吐息を触れさせ、……相手の呼吸を奪うような口づけをしていた。

だが、よくみれば少年の方が切羽詰まっているといった感じで、少し唇が離れそうになれば蒼様の頬に両手を添えて、息を奪いにいく。

蒼様は抵抗も拒否することもない。
少年の必死の想いを、泣きたいながらに内側から溢れて叫びたくなるような切望を、空いた時間を埋めたがるような行為を甘んじて優しく受け入れている。

しかし、それだけだ。

……拒絶しない、突き放さない。

ただ、それだけでしかない。


「…っ、ん…で、……舌、…っ、前、みたい゛、に、……して、ぐ、れな…っ、」

「今日はだめ」

「う、ゔ…っ、して、…っ、や…っ、もう、ずっと、して、な…っ、のに……っ、や…っ、な゛、んで、…っ、なん、…っ、」

「……今はそういう気分じゃないから」

「ッ、…っ、ぅ゛…っ、」


蒼様に微笑みながら返され、びく、と震える身体。


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