籠から逃げられない。

***


「美味しい?」


こくんと頷く。
噛んで飲み込むけれど、もう味さえもわからない。
手足を鎖で縛られたこの状況で美味しく感じられる方がどうかしてるんじゃないかと思う。

「他の誰かが作ったものをまーくんに食べさせたくない」と言って、さっき作ったらしいシチューを、嬉しそうにスプーンですくう。
それを口に入れられ、ごくりと飲む込む。


「水飲む?」

「……うん」


拒否するにしろ、無視するにしろ最後には結局肯定しなければいけない状況にもっていかれるんだろう。

そう思うとなんだか面倒くさくなって、とりあえず素直に頷くことにした。
満足げに笑う蒼がペットボトルの水を口に含み、俺の唇をふさぐ。


「…んぅっ、ん」


流れ込んでくるぬるい液体を、されるままに飲み込んだ。
口端から零れる液体を、自分で拭う前に舐めとられる。

…手を使わずにご飯を食べることに慣れてしまった自分を、今では何とも思わなくなった。

初めは食べさせてもらうなんて、と流石に動揺して嫌だって言ったりしてたけど。
言うたびに「俺がやるから」と頑としてこっちの言うことなんか聞いてくれない様子に抵抗することをやめた。

それでも、ずっと部屋の中にいるのは嫌で。

どうしてもと頼んでいかせてもらった学校は散々だった。
…あの男子生徒はやっぱり病院送りになってしまって、…本当に申し訳ないことをしたと思う。

消しゴムを拾ってくれた優しい人。
籠の中にいる自分にできることは、ただ謝罪するくらいで。


「せめてあの人のために何かしたい」と蒼に言ったら好きになったのかと疑われて、日にちも分からなくなるほど抱かれ続けた。

それから結局こうして、学校に行く前と変わらず籠の中にいる。
見慣れた畳の部屋に、慣れた手足に感じる冷たい金属の感触。

……そして。

広い屋敷の一室の中で、毎日二人でする”オママゴト”。

「…まふゆ」

おわんを床において、ぎゅううとすがるように抱きしめてくる蒼に、何も言えなくてただ彼の体温を感じる。
彼は決して泣いたりしないのに、なんだか泣いているように見えて、少しだけ抱きしめ返すと、その体がぴくりと震えて肩に顔を埋めてくる。


「…俺は、どこにもいったりしないから」


―――――――――

決して、蒼に対しての気持ちが愛だとは限らないけれど。
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