初めから失うものなどない

黒崎たちが地下練武場で霊力集中の練習に入って、早数時間。


夕食を取りに来たのは、黒崎以外の三人だけだった。
織姫の話だと、黒崎はいっこうに進歩が見られないらしい。



どうも何から何まで不器用な男らしい。だけど、そんなところが、あいつらしいのだと思うようになった。

馬鹿みたいにまっすぐに、ルキア奪還を目指すその姿勢が、羨ましい。


食後外の“手”の上に腰を下ろした私は、未だに壁に閉ざされた瀞霊廷を見つめた。


もう少しであそこに行くのか、そろそろちゃんと覚悟を決めないといけないな。

「常盤」
「空鶴さん。」
「お前、30年も現世でなにやってたんだ。」
「教師をしてました。
最初は今日になるための勉強から初めて、教師になってからは場所を転々と回っていました。」
「そうか。
あんまり体冷やすなよ」
「ありがとうございます。」



そう言って空鶴さんが去ってから、井上に呼ばれるまでずっと、ぼんやりと瀞霊廷を見つめていた。



下に降りると、準備は整ったらしく、みんなが顔を揃えていた。


月がかげり、風が不気味に音を立てる。濃紺の空に明るさが滲み出て来た頃、皆は打ち上げ場所に集められ、出発の準備が始まった。



「おい、岩鷲のやつはどうした。」
「ん?どうしたって、あいつなら下で何かブツブツ読んでたけど。」


よく曲がる歯ブラシ。あ、間違った。夜一さんの自慢の尻尾を眺めながら、笑いを必死にこらえていると、「ちょっと待ったー!」家からの奥から声がして、岩鷲が姿を現した。


そう言って、遅れてやって来た岩鷲は、黒崎の襟元をつかみ話し出した。
死神が嫌いな理由を。



「俺の兄貴は、死神に殺された。」


その言葉が、心に突き刺さった。決して抜けない刃を向けられ、もがくことも、許してはくれない。
ただただ耳をふさぎたかった。



そっと俯き、ぐっと拳を握りしめた。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。そして、何かが崩れ始めたきっかけだった。


「なぁ。そういや、これって中に入る全員で霊力込めんだろ?

俺たちは、必死こいて練習してしたけど、…夜一さんは出来るのか?つか、嵩宮先生も。」



ようやく丸くできるようになった黒崎のそんな言葉に、「…どれ、やってみるか。」と、とっとっと夜一さんが霊珠核にのると、瞬く間に綺麗な球体ができあがった。



一同がおぉ!と唸る中、夜一さんが乗った後に、コロコロと霊珠核が自分の元まで転がってきて、それを手に取るとぐっと霊圧を込めた。

ぶわっと透明の膜のような物に体が包まれ、幕越しにニヤリと笑うと、膜の向こうで見ていた黒崎が悔しがる様子が見えて、にっこりと笑ってやった。


6人が霊珠核に手を伸ばし、皆が花火台に入り、夜が開けた頃。
空鶴さんの言霊の詠唱が始まった。そして私たちも霊珠核に触れている部分から、霊力を込め球体を作り始める。




「彼方!赤銅色の強欲が36度の支配を欲している!!」
「始まったぞ!!霊力を込めろ!!」

「72対の幻、13対の角笛、猿の右手が星を掴む。

25輪の太陽に抱かれて砂の揺籃は血を流す。
花鶴射法二番!拘咲!!」



詠唱が終わると同時に、轟音をたてながら、球体が空高く打ち上げられた。

暗闇に放られた球体は、落下する中で加速と軸調整の継の唱える岩鷲に霊力量を合わせ始める。


が、やっぱりこの男は不器用で、黒崎が霊力を調整することが出来ずに、ぐらぐらし始めている。



プレッシャーに負けたのか知らないが、最終的には岩鷲が失敗する始末。

なんなんだこれは。前途多難だ。始まりがこれで、大丈夫なのかといいたくなる。

「ど、どうする!」
「いいか、ありったけの霊力をこれにこめろ。」

夜一さんの声に頷いた皆は、ありったけの霊力を霊珠核に込めて砲弾の霊力密度を上げることで膜を堅くしする。

そして、遮魂膜にぶつかった。



凄まじい衝撃を受けながらも、なんとか遮魂膜は通り抜けられた。
が、抜けたはいいが、私たちが造っていた膜は一瞬にして分解され、その時にできた霊圧の渦により、皆が離れ離れに飛ばされていく。



「うわぁ!」と声を上げた黒崎に、丁度近くにいた岩鷲の首元をひっつかみ、若干「ぐえっ」と言う悲鳴が聞こえたが、気にすることなく黒崎に向かって投げつけた。


石田と井上、茶度は…一人か。
その破裂した勢いのままに、何もさせてもらえずに、私たちは四方向に分散した。


夜一さんとは、辛うじて一緒にはなれだが、他の子達は皆それぞれ吹き飛ばされてしまった。



飛ばされている勢いのままに、瀞霊廷の様子を眺めていると、ひときわ目立つ赤い髪の死神が、こちらに向かって走ってくるのが見えた。



そして、その死神には見覚えがあった。
たしか、ルキアを捕まえに現世にきた死神だ。

一護と互角に戦っていたことからして、席官だろうか。もしかしたら、副隊長クラスに位置するのかもしれない。


そして、白哉を隊長と呼んでいたことから、彼は白哉の部下なのだろう。


そんなことを考えているうちに、そいつにひきつけられるように、みるみるうちに地面に近づき、その赤いパイナップルの目の前に、華麗に着地した。


あ。
走ってきた彼とバッチリ目があってしまった。
お互いに数秒間目を合わせ、そして斬魄刀を抜いた彼は、数メートル下がり間合いをとった。




「てめぇ、なにもんだ。」
「…あー、いや…。
名乗るほどのものではないので。」



そう言うと、「ちっ」とあからさまにしたうちをかました彼は、斬魄刀を構える。



…マジか。やる気かよ。



向けられた剣先に怯えること無く、ニヤリと笑うと、彼はあからさまに不快そうな表情を浮かべ、そして斬魄刀を握る手に力が入ったのが分かった。



「私はあなたと戦うつもりはないのだけど。」
「うるせぇ。
てめぇが旅禍である以上、逃がしはしねぇ」
「血の気が多いなぁ」


一護といい、この子といい。



「刀を抜け」
「だからー、戦う気は無いってば。
見逃して。」
「てめぇ。」


目の前で手のひらを立てて、お願いしても、彼の表情は変わらないばかりか、ますます険しくなっていく。
眉をピクピクさせているところからして、いよいよ襲いかかってきそうな勢いだな。

あら、逆効果だったようだ。


隣にいた夜一さんから、冷たい視線を受け、少しだけ黙ることにした。
これ以上挑発して、始解されたらたまったもんじゃない。
いくら私でも、始解した副隊長に立ち向かうのに、このままというわけにはいかないだろう。



ここは、逃げるが勝ちかな。

それに轟音と死神達の慌ただしい声で、瀞霊廷中がうるさくて、その上この入り組んだ迷路みたいな道は、きっと私に味方してくれるだろう。



「君、名前は?」
「今から死ぬやつに答える義務はねぇ。」
「なるほど。」


先ほどからやけに自信満々で、私が逃げられるとさえ思っていない彼に、ほんの少し泡を吹かせてやりたくて、にんまりと微笑んだ。


その笑みを見てか、夜一さんからは「ほどほどにしておけ」と言われたが、そんなこと知らない。だって、相手は本気で私を捕まえられると信じて疑わない。それって、ちょっと癪に触るよね。
一回痛い目みないとさ、こっちの気が晴れないっていうか。




「塞」
「え…」
「赤煙遁」


静かにそう唱えると、驚いた表情を浮かべた彼との間に壁をつくかのように、一瞬にしてあたりに煙幕が溢れ出し、この辺りの視界を塞いで行く。一瞬見えた彼の表情は、驚きに満ちていた。


一瞬に四肢を拘束したのが功をそうに、彼は思いっきり煙幕を吸い込んだようだ。

ざまぁ。


ゲホゲホと苦しそうに咳き込む彼に微笑むと、その隙にその場から離れた。

追いかけられる羽目になったとしても、残念ながらそんなやつに捕まるようなヘマはしない。


夜一さんも一足先にこの場を去っていたようだし。



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