空座町3丁目
「…あぁ……眠い」
半開きの目を擦りながら、アイマスクを額に上げ、二日酔いの体に鞭を打って、這い出るように廊下にでると、ズルズルと階段を滑り下りた。
昨日先生方が、私の歓迎会を開いてくださったのははうれしかったが、越智先生になくなっては注がれを繰り返しているうちに、ついにはお酒に飲まれていた。
昨日どうやって家に帰ってきたのかさえも記憶がないのだ。
お陰で覚醒したのは昼過ぎ。ガンガンと痛む頭のせいで一度起きてしまえば、眠れるはずもなく、何もしなくとも減る腹に、盛大に溜め息を吐いたのだった。
「あ、おはようございます、常盤サン」
こいつわざとか、と言いたくなるくらいに、私に気遣いすることなく普通の音量で話しかけてきた喜助さんを、歩伏前進中に睨み上げる気にもなれず、目の前を通過しようとした時、思い切り拳でつま先を叩きつけた。もちろんグーで。
「痛い!」と悲鳴を上げしゃがみ込んだ喜助さんを無視し、ズリズリと這いつくばって茶の間に向かった。
「どうぞ。
大丈夫ですか、常盤殿。」
「ありがとうございます。」
ようやくついた茶の間には、テッサイさん特性シジミの味噌汁が用意されており、それをかそうじて胃に入れながら、久しぶりに肺の底から息が吐けたような気がした。
「二日酔いかよ、常盤。ダッセーなぁ!」
「昨日はだいぶ飲んだみたいっすね。」
「えぇ、まぁ。」
後で覚えとけよ、ジン太。
隈が濃く出た目で今度こそ喜助さんを睨めば、額に湿布薬、頬には絆創膏と、まるで誰かと喧嘩でもしてきたかのような面もちにぽかんとする。
「…どうしたんですか、その顔。」
「昨夜、野獣に襲われたんすよ。」
「それは、ご愁傷様です。」
「……。」
野獣ってきっと私のことを言いたいんだろうなぁ。昔から酒癖が悪いと自負している。
それに、彼も夜一さんでさえ知っていることだろう。
なんて思ったが、そこはあえてふれずに、ズズッと味噌汁を啜った。
かぁぁ、うまい!
「親父くさいっすよ。」
「わぁー、今日は天気がいいですねー。」
「はっ、店長無視されてやーんの!」
「ジン太くん、店長が可哀想。」
雨とジン太の声のやりとり(間接的な喜助さんイジメ)を聞きながら、味噌汁を啜っているうちに少しだけ、頭痛が和らいだ気がした。
「常盤サン。」
「……なんスか、店長。」
「今日、雨と配達に行ってほしいんすけど。」
「……配達?
二日酔いの私に配達?
何を奢ってくれるんですか?え?ケーキですか?
分かりました、そこまでおっしゃるのなら行きましょう。
で、どこです?」
「……。」
唖然とする喜助さんに手を出しながら、にっと笑う。
もちろんケーキ代を請求しているのだ、雨と二人分の。
ニコニコしながら、いつまでも手を出していると、「しょうがないッスねぇ」と言いながらお小遣いをくれた喜助さんにお礼を言い、配達先をメモした。
「…クロサキ医院?」
「そっス。」
「……え、黒崎?」
……聞いたことあるんですけど…。
その子、うちのクラスの生徒くんなんですけど。
「じゃあ、これお願いしますね。」
ドサッと手に持つとなかなか重い荷物。喜助さんから渡された茶色の紙袋を受け取り、お小遣いを財布に入れ、雨とともに浦原商店を出発した。
外は、ぽかぽかと嫌みなほどに晴れた空。その柔らかな空気の下、ゆっくりと歩きながらつい大きな欠伸をかみ殺した。
空座町3丁目にクロサキ医院とやらがあるらしい。小さな診療所。
しかし、喜助さんから手渡された地図は、それはそれは芸術的で、道はミミズのようにひん曲がり、なんなのかよく分からない楕円形の虫みたいな物が点在している。
ポツポツあるこの点は、お醤油か何かのシミだろうか。
…そしてこの黒い物体。虫か?
浦原商店から大通りを抜け3丁目の商店街までは来れたのだが、ちょっと路地に入っただけで、もうすでにこの地図は役立たずだ。
使えない。
あの店長マジ使えない。
雨もちょっと不安そうな表情を浮かべ、私を見上げている。
そんな彼女に、苦笑いを向けると、再び地図に目を移した。
住宅が続いている道のど真ん中で、一枚の紙を睨みながら、悶々と考えていると。
「…嵩宮先生?」
雨の手を引きダラダラと歩いていると、知り合いなんているはずのない道の真ん中で名前を呼ばれ、振り返るとオレンジ色の長い髪をした女の子がいた。
…あ、この子は確かぁ…。
えーと…
「井上さん?」