まるで何もなかったかのように

「わぁ、お休みの日に嵩宮先生に会えるなんてー。
どうしたんですか?」


どうやら、彼女の名前は井上さんで当たっていたようだ。


「配達を頼まれたんだけど、道に迷ってしまって。」
「え、配達?どこにですか?」
「クロサキ医院て所なんだけど。
どうやら、道に迷っちゃったみたいで。」


手元の地図をチラリと見た後に、苦笑いを浮かべていると、井上さんは私の手元を覗き込む。


「クロサキ医院。
あ!ここ、黒崎くんのお家ですね!
私知ってますよ、案内しましょうか?」


そうニッコリ笑顔で申し出てくれた彼女は、まさに天の助け。



「お願いできるかな。」
「もちろんです!
さぁ、行きましょう先生!」



にっこりと張り切って笑った井上さんに笑顔を返し、雨の手を引き歩き出した。


「雨、行こっか。」
「うん。」


ふんふんとよく分からない鼻歌を歌いながら、橙色のきれいな髪を揺らし隣を歩く井上さんは、なにやらものすごく幸せそうだ。
理由は分からないけど、なにかいいことがあったのだろう。


「先生は、」
「ん?」
「お家は近いんですか?」
「まぁ、そうだね。」


そんな質問を皮切りに、出るわ出るわ質問の嵐。
休みの日は何をしているんですか?
好きな食べ物は?
好きな色は?



もうよく分からないくらい、いろんな質問をされ、よく分からないまま答えていたことに驚いた。


そんな話をしている内に、井上さんがぴたりと足を止めた。



彼女の視線を追って振り返れば、看板にでかでかと書かれた“クロサキ医院”の文字。

いつの間にか付いていたようだ。


「ありがとう、井上さん。」
「いえいえ、おやすいご用です!」



そうどこか誇らしげに微笑んだ彼女に、今度は私が問う。

「井上さんこの後用事はあるかな?」

キョトンとした表情を浮かべた彼女は、不思議がりながらも「ありません」と首を左右に振った。



うん、よし。



「お礼がしたいんだ。
この後ケーキでもどうかな?」

そう言うと目を丸くした彼女は、「いい、いえ!そんな!
私はただ道案内をしただけですし、ほら通り道だったので、そんな…気にしないでください。」と首を左右に振る。



「そう言わずに。
今日だけ、私のわがままにつき合ってくれないかな?
用事はすぐ終わるから、ここで少しだけ待っていてくれないか?」


ケーキ、美味しいお店を知ってるんだ。と首を傾げて微笑むと、井上さんは一瞬顔を真っ赤にした。
と思ったら、カクカクと頭を激しく振って頷いた。

そんな彼女の愛らしい姿にクスクス笑い、私は1人クロサキ医院の中に入った。


「浦原商店ですー、お届けものです。。」

受付をしていた女の子にそう言うと、「おとーさーん!お届け物が来たよー!」と受付の奥の方に叫ぶと、「おーぅ」なんて低い声が聞こえた。


「ちょっと待っててくださいね」

可愛い女の子に、「ありがとう」と笑顔を返し玄関の壁によりかから、この病院の主が来るのを待った。



数分後、どすどすと重い足音が聞こえ始め、次第に近づいてきたと思えば、ガチャンとガラスのドアが開き、ヒゲの体格のいい男が姿を現した。


あぁ、やっぱり黒崎というのは、アノ黒崎だったか。



「どーも、黒崎さん。喜助さんからのお届け物です。」


そう言って紙袋を手渡す私に、黒崎さんは袋に伸ばした手を止め、そして目を見開いた。



「…お前は…。」



絞り出したようなかすれた声に、にっこりと微笑む。


「お久しぶりです。」
「…生きていやがったのか。」
「えぇ、この通り。」

そう微笑む。

「…そうか。」



紙袋を私の手から受け取ると目を伏せた彼は、少し考えるような仕草を見せた後、私を見て目を細めた。



「どうして死んだフリなんてしたんだ。」
「それは、いろいろありまして。」
「俺には言えねーか。」
「すみません。」
「…そうか。」
「言う必要がないとは思いますが、一応言っておきます。」


私が何を言おうとしているのか気づいたのだろか、眉をひそめ彼はますます険しい表情になった。



「私が生きていることは内密に。もちろん、あちらにも。お願いします。」
「……奴にも、何も言わねーのか。」
「はい。」
「…そうか、分かった。
お前のことだ、何か考えがあってのことだと、勝手に解釈しといてやるよ。」
「助かります。」
「あぁ。」
「それでは、また機会がありましたら。」
「あぁ。」
「毎度どーもー。」



始終、ピリピリした空気が立ちこめ、未だ納得していない表情を浮かべている黒崎さんに、小さく頭を下げるとドアを開け外に出た。








「綺麗な人だったね…。
お父さん、今の人知り合い?」
「んー?
まぁ、そうだな昔の、知り合いだ。」
「ふーん」


back