もう背負うことはできなくて
「雨、何にする?
井上さんも遠慮しないで。」
届け物を終えた私たちは、クロサキ医院から大通りに出たビルが建ち並ぶ一角。そこに最近できたケーキ屋さんにいた。窓際の席に腰を下ろし、メニューとにらみ合いを続けていた。
「は、はい!」
慌てたように再びメニューに視線を落とす井上さん。彼女の口からは、先ほどから呪文のように、ケーキの名前が吐き出されていた。
モンブラン、ショートケーキ、ミルヒィーユ、チーズケーキ、フルーツタルト……。
見るからに悩んでます。な空気をバシバシ出している。
うん、優柔不断か?
「井上さん、何と何で悩んでいるの?」
「え!
あ、あの…フルーツタルトか…チーズケーキで…そのー…。」
「じゃあ、私がチーズケーキを頼むから、井上さんはフルーツタルトを頼むのはどうかな。
それで、半分こしようか。」
ね?と首を傾げれば、彼女特有のはじけた笑顔を浮かべて、「はい!」と頷いた。
「雨は?」
「ショートケーキ。」
「じゃあ、そこのボタン押して。」
雨がボタンを押してから数秒後にきたスタッフさんに、ケーキと飲み物を頼み、ふと外の大通りに視線を移した。
「雨ちゃんは、先生の妹さんですか?」
「ん?」
「あ、の…スッゴく仲良しですね。」
「あぁ、ありがと。
井上さんは、ご兄弟は?」
「兄がいたんですけど、数年前に亡くなって…。」
「そう。
悪いこと聞いちゃったね。」
「あ、いえ!
今は、黒崎くんや、たつきちゃん、みんながいてくれるので全然寂しくなんかないんですよ!」
「仲良しなんだね。」
「はい!」
晴れやかに笑った彼女の笑顔に、ほんの少し励まされた気がした。
それと同時に、こんなに無邪気に笑う彼女を、傷つけまいと強く思った。
「先生は恋人はいるんですか?」
「んー…昔はいたかなぁ。」
「え?
じゃあ、今はいないってことですか?
えー、意外だなー。
男の人が放っておかないと思ったんだけどなぁ。」
井上さんとケーキを半分こし学校生活を聞いていたら、いつの間にか恋バナにまで発展していたことに若干驚いていると、不意にいやな霊圧を感じた。
雨も、なにか感じ取ったようで、フォークをおいて私を見上げていた。
まずいな。
虚が近くにいる。
そう思った矢先。ガシャン!とすさまじい音とともに、ガラスが割れる音が響いた。
そして、その先には胸に穴の空いた人間以外の不気味な化け物。
白い大きなトカゲのような尻尾を振り回し、ビルを破壊する長い仮面をかぶった虚。
それが街の人々には見えてはいない事で、わけがわからないといった状況に悲鳴が包み込んでいる。そして、それがより一層の不安材料になっているのだろう。
逃げ惑う人々をガラス越しに見つめ眉を潜めた。
こういう時に、タイミングが悪すぎる。
「な、何!?
え、どうしよう、どうしよう。
あれ何?」
周りの景色を見て慌てだし、パニックに陥っている井上さんに驚いた後、雨をちらっと確認し席を立った。
雨は、どこか怯えているようにも思えるが、彼女にはなれがある大丈夫だろう。
問題は、井上さんだ。
まだ被害は来てはいないけど、ここもいずれ危なくなる。逃げなければ。それに、彼女には虚が見えている?
「井上さん、逃げるよ!」
「え、……嵩宮先生!?」
雨をひょいっと小脇に抱え、片方の手で、井上さんの手首をひっつかんだ。
「走って!」
「は、はい!」
伝票に挟んだ樋口さんをバシッと、会計テーブルに叩きつけると同時に、急いで井上さんを店から引っ張り出し、逃げ惑う人々の波に乗り走る。
後ろを走る井上さんを気にしながら。
今の私には、走るしか選択肢はないのだ。
斬魄刀もなければ、今ここで井上さんと雨をここにおいて、気道をぶっ放すわけにはいかない。
それに今の私は、追われる身。
何もできない暮らしさをかみしめながら、はぁ、はぁ。と井上さんの荒い息づかいを聞きながら、チラリと後ろの虚を確認する。
どうやらだいぶ離れたようで、幾分あの白い巨体が小さくなっていた。
ここまでくれば、平気だろう、とホッと胸をなで下ろした、その瞬間。
今度は前方から、別の霊圧が近づいてくるのが分かった。
虚…ではない。
この霊圧は、空座町担当の死神か。
そいつがただの見知らぬ死神だったら、私が驚くことはなかった。
死神がいることくらい、知っているから。だけど問題は、その死神が誰なのか、だ。
たったと走って、こちらに近づいてくるのは、腰に純白の刀を差した…そう、あの子…。
朽木ルキア。
その姿を見た瞬間、思わず足が止まった。鰐口を切って近づいてくる彼女から、目が離せなかったのだ。
「先生?」
やはり、今まで感じていたのはルキアの霊圧だったか…。懐かしく思うと同時に、罪悪感に襲われる中、一度だけ彼女の名前を唱えた。
ルキア。
聞こえたのか、聞こえなかったのか。
すれ違う直前、彼女が私を見たような気がした。そして、目があったような気がした。
それは一瞬の、一秒にも満たない時間で、すぐに彼女は私たちの横をすり抜けていった。
虚に向かう彼女の背中を見送り、その後混乱する井上さんを説き伏せ家まで送り届けると、雨とともに帰路についた。
その帰り、私の頭の中は、あの子のことでいっぱいだった。