転校
「緋色、あなた今日学校でしょう?」
「うん、10時」
まだ覚醒しない頭のままお米を咀嚼しながら、騒がしいテレビをぼんやりと眺めていた。
カチカチと食器を洗う母は、相変わらず忙しそうにしている。
「帰りは何時になりそう?」
「お昼前には終わるよ」
「じゃあ、帰りに牛乳とジャム買ってきてよ」
「んー、了解」
キッチンから顔を出した母に数回頷く。くわっとあくびをしながら、隣に置いたスマホを覗き込む。特にメッセージが入っているわけではないけれど、癖みたいなものだ。
食べ終わると食器を流しに起き水につける。午前8時、占いが始まる音が流れたと同時にリビングを出た。
「じゃーねー」
「気をつけるのよ」と庭に面した窓から手を振る母に手を振り返し、フラフラと手を振り、ペダルにグッと力を込めた。
学校は、家からチャリで10分のところにある梟谷学園高校。
なにやら、系列の学校が各地に点在している意外にも規模の大きい学校らしい。昨日のパンフレットで知った。
同じ制服着た学生を後にくっついて到着した梟谷学園高校。さすが私立といったところだろうか。門から立派だった。
駐輪場に愛車を止めた私は、正面玄関から構内へ入り、職員室のドアを叩き中に入る。
確か担任の名前は、吉木遼。という名前だったな。なんて、書類に書いてあった名前を思い出しつつ、ドアのそばにいた先生に声をかける。
「すみません、転校の手続きに来たんですが…」
「あー、はいはい2年生の子ね。」
そう優しく微笑んでくれた初老の女性は、「吉木先生ー。」と呼んでくれて、めでたく担任を見つけることができた。
「すみません八千代先生。
えーと、君が町田さん?」
「はい。」
「俺は、2年6組担任の吉木です。
よろしくな。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
吉木先生は、短髪にグレーのニットとデニムシャツ、黒のスラックスといった爽やかな容姿の男性だ。机の上には、煩雑に置かれたホイッスルとメガホン。
おそらくどこかの部活の顧問でもしているのだろうか。
机に置かれた写真には、大勢の生徒と写った写真が飾ってある。
「じゃ、こっち来て」
「はい。」
「そこ座って」
吉木先生に促され、職員室の隣にある会議室の椅子に座ると、先生が水色の封筒を目の前に置いた。
「それ、新学期の案内ね」
「あ、はい」
「教科書は、始業式に渡すけど大丈夫?」
「はい。」
梟谷学園高校と右下に書かれた、膨らんだ封筒の中身をそっと覗き込むと、A3らしきプリントが何枚か重なっておられていた。
なんだこれ、課題か?若干ドキドキしながら、封筒を覗いていると、「気になるなら出せばいいのに」とクスクスと先生に笑われた。
出したらしまうのがまた面倒だから、出さないんだ。家でゆっくり見ればいい。
それから、新学期の説明と部活委員会など、学生生活に必要なことをあらかた説明を受け予定通りお昼前には終わった。
「じゃまた、新学期にな。」と元気のいい笑顔に見送られ、職員室を後にする。
これで終わりなのだが、…少しだけ、学校を見て回ってもいいだろうか。
…行っちゃうか。
転入届は受理されているわけだから、もうここの生徒なんだし、声をかけられたら、正直に話せばなんとかなるだろう。
最悪吉木先生に助けてもらおう。
そうたかをくくって、玄関とは反対に歩き出す。校舎は割と新しくて、白い壁と廊下が眩しい。購買も大きいし、ワークスペースめっちゃ広い。
さすが私立だなぁ。
来賓用のスリッパをパタパタ鳴らしながら、私廊下を抜けるとそこはどうやら体育館練のようで、いくつかの体育館が密集している。
その中で一つの建物から、音が聞こえてきていて、鉄の扉を開けるとキュキュッと靴がこすれる音がしたと思えば、バチーン!と元のすごい音が響いて、青と黄色のボールが目の前を横切っていった。壁に当たっても勢いがやまないそれに驚きながら、壁の陰からそっと中を除けば、ボールを追いかけてくる男子生徒が目に入った。
5とかかれた青いビブスに、短パン。
…あ、バレー部か。
ボーとそれを眺めていると、ツンと足先に何かが当たるような感覚がして、ふと下を見ればさっきどっかに行ったと思っていたボールが、なぜか私の足元で止まっていた。
…んん??
あ、そうだ、返してやらねば。慌ててそれを持ち上げて、なぜか消そうと振り被ろうと、顔を上げると思わぬ近さに人がいて、思わず体が固まる。
この人気配消せるの?
なんて的外れなことを考えていると、彼は何も言わずにスッと両手を出した。
え?
「あ、ボール!ごめんなさい。」
慌てて手にボールを乗せる。
「いえ、今休憩中なんで平気です。」
「そ、そうですか…」
「バレー部に何か?」
「い、いえ!お邪魔しました!」
それだけ言うと、なんだか勝手に気まずくなって、この怪しむ視線にも耐えられなくなって、小さく頭を下げさっさと家に帰るべくそそくさと体育館を後にした。