仮想死を弔う
前の日の夜。
私は震えるように帰ってきて、すぐさまお風呂に入り寝たはずだった。
昨日は、仕事が休みで久々に買い物にでもなんて都内を散策して、コーヒーを飲んで雪が降ってきたから、そろそろ帰ろうと電車に乗り込み、そのあとはさっき話した通りだ。
そう、何の変哲もない平凡な休日だったはずなのだが。
「ここ…何処。」
目が覚めたら、見覚えのない部屋にいた、なんてことあり得るのだろうか。
「…夢、か?」
うん、きっと夢だ。
普通に考えてありえないし、二十代半ば過ぎた女がこんなリアルな夢を見るなんて、相当疲れているのだろう。
外もまだぼんやりと明るいくらいで、おそらく早朝なのだろう。
「……まだ寝れる。」
まだ薄暗い部屋の中、もそもそ布団に潜り私は二度寝した。
しかしこれが、理解不能な私の2回目の人生の始まりだった。
冬だというのに、尋常じゃない暑さに耐え切れず布団を足ではぎながら、ケータイが置いてあるだろうサイドテーブルを探り、固い感触を感じたりと同時にぼんやりと、目を開ける。
画面に触れて時間を確認すれば、時刻は9:15。
…え?
一瞬何が起きているのかわからなくて、体を起こしもう一度時間を確認すると、やはり何度見ても部屋の時計を見ても時刻は9:15。
遅刻だ!
がばっと勢いよく布団を蹴り飛ばし、起き上がり洗面所へ走ろうと、床に足をつきスリッパを探している最中に気がついた違和感。
足元に並んでいたのは、私が中高と愛用していた黒猫のスリッパだ。
確かあれは、大学入学と同時に捨ててしまったはず。
なのに、私の目の前にはずいぶん新しいスリッパが、並んでいる。
え、何で?
朝っぱらからのホラー展開に怖くなって、恐る恐る顔を上げるれば、目に入ったのは、見慣れた部屋。だけど、それは昨日までの部屋とは違う、見慣れてはいるけどそこは一人ぐらいする前に住んでいた部屋だった。
机に本棚くらいしかない殺風景な部屋は、まさしく私の部屋。本棚に並ぶのは、昔好きな作家作品やスポーツ関連の雑誌。
そんなありえない現象と空間に、私はいても立っても居られなくなり、ベッドから下り歩き出した。
元自室のドアを開け廊下に出れば、すぐ右手におそらく弟の部屋があって、また少し進みスライドドアを開ければダイニング、その奥には小さなキッチンとリビングが見える。
廊下の突き当たりにはトイレがあって、今度は階段を下っていけば、そこで初めて人がいることに気がついた。
階段を降りてすぐ左手にドアが現れる。それは、おそらくリビングにつながるドアだ。
朝のニュース番組と思われる声を聞きながら、そっとドアをあける。
すると、テレビの音が大きくなると同時に、カチカチと食器がぶつかる音がする。
誰かいるのは明白だが、問題は誰なのか。この場合、私の両親もしくは弟がいるはすなのだが。なんせここは、理解できない世界。
何がいてもおかしくはない。
そっと顔を覗かせれば、食事を並べていた女性と、バチっと目があった。
「…お母さん?」
…え、お母さん?
え、ちょっと若くない?
「おはよ、衣織」
「お、おはよ…」
「もう、そんなところで突っ立ってないで、早く食べちゃって。
お母さん、今日用事があるのよ。」
「わ、分かった。」
我が母の姿に、ほっと胸をなでおろし、言われるがままに昔座っていたダイニングの椅子に座る。
よく見れば、これも新品同様に綺麗だ。塗装もはげているところは見当たらないし、弟と喧嘩した時の傷もない。
「…お父さん、は?」
「もう仕事に行ったわよ。
全く、夏休みだからって、ダラダラしすぎてると、後で痛い目見るわよ。」
「え?」
…夏休み?
え、今夏なの?
ドクドクと再び心拍数が上がっていく。とりあえず落ち着いて、情報を集めなければ。
チラッで見たニュースは、熱中症で何人病院に運ばれた、とこ、台風が関西を通過する、とか、花火大会の話題とか。
明らかにおかしいニュースが、放送されていて、思わずトーストを落としそうになり、極め付けは、顔を洗うため洗面所で向かい合った自分自身を見た時だった。
「はぁ!?若っ!」
え、何で。
前髪短い!
眉のあたりで切られた前髪は、若干斜めに切られていて、そういえやこんな髪型流行ったようなと、思いつつちょこっとつまんでみる。
肌ぷるぷるだし、シワとかないし、でもこの垢抜けない感じはまさに昔の私だ。
取り替えず冷水で顔を洗って、再び鏡を見ても私の顔が変わっていることはなかった。