愛の降雪量は無限大


「ねぇ司朗、見て、見て!」

「ん? どうした、七子」

ふと名前を呼ばれ、窓を開け放ち外を眺めている恋人の後ろへと近付く。

(暖房をつけているのに、やけに寒いと思ったら……)

微かな夜風に髪を揺らす彼女は、こちらを振り向いて嬉しそうに笑った。その笑顔はまるで太陽のようだなと思う。

俺はそんな彼女に見惚れながらも、彼女が見ている先を見た。


「雪が降ってるよ」


「本当だな……やっと冬本番ってことか」


漆黒の空から音も無く密かに舞う純白の雪。

それはゆっくりと地面へ落ちていく。

そしてすぐに溶けてしまうのかと思いきや、意外にも積もっているようで、辺りはすでに一面銀世界になっていた。


「司郎ってば、気付くの遅いよ! 今日の夜から降るって言ってたよ?」


俺の反応を見てクスッと笑う彼女の表情はとても愛らしく、思わず抱き締めたい衝動に襲われる。


「そうだったかな」


年末も近くなりこの時期は、いくらこんな田舎と言えど多少なり忙しくなる。

今日も天気予報なんて、いちいち確認している暇はなかった。

「すまないな。最近は会える時間が少なくて……」

ここ数日は特に仕事に追われていたせいで、彼女と過ごす時間が作れなかったのだ。

それどころか、電話すらままならない時もあった。


だからこそ、こうして久しぶりに顔を合わせることができて嬉しいのは当然のことだった。

彼女は宮田の言葉に、ふるりと首を横に振りると再び窓の外を見る。


今度は少し寂しげな雰囲気をまとって。

その姿はどこか大人びていて、一瞬だけ別人のように感じられた。

でも次の瞬間にはいつも通りの顔に戻っていて、それが何とも言えず不安になる。


「ううん、大丈夫。仕事だっていうのも分かってるし、だからたまにこうして司郎に会える時間が楽しいんだよ? しかも今日、クリスマスだし!」


七子はくるっと振り向くと、満面の笑みを浮かべながらそう言った。


「そうか……良かった」


宮田は時々、七子がどう思っているか実を言うと不安だった。

仕事でなかなか会えない時に、愛想つかされてしまっているんじゃないかと。

だが今の彼女を見ると、少なくとも嫌われてはいないらしい。
それに安堵すると共に、この可愛い彼女を手離せないという気持ちが強くなった。

「沫雪……」

宮田はぽつりとその言葉を呟いた。

するとその言葉を拾った七子は、不思議そうな顔をしてこちらを見上げる。

そんな彼女に微笑んで、そっと頭を撫でた。
サラリとした髪の感触を楽しむように何度も指を通す。

彼女は恥ずかしいのか頬を赤く染めていたが、嫌ではないようだったのでそのまま続けた。

しばらくそうした後、手を下ろす。


「儚いな……降ったとしても消えてしまうのに」


「司郎、そんなに寂しそうな顔しないで?」


七子は、優しく諭すような声色で言う。

そして両手を広げると、おいでと言うかのようにこちらをじっと見つめてきた。
そんなことをされて我慢できるはずもなく、宮田はその腕の中に飛び込んだ。

ぎゅっときつく抱きしめると、同じくらいの力で返してくれることが嬉しくて仕方なかった。


「七子……」


「うん、なあに?」


名前を呼ぶだけで幸せになれる存在がいるということに感謝しながら、その耳元へと唇を寄せた。


「ありがとうな、愛してる……」


そして囁かれた言葉を聞いた彼女は、さらに強く抱き締め返してくれたのだった。




ずっと、一緒に居たくて。


離したくなくて。


「もう、離さないから」


「うん。ずっと、こうしてようね」


そう言って二人は、どちらからともなく口づけを交わし合った。
これから先も、永遠に共に在りたいと願いを込めて。


「……メリークリスマス、七子」


「メリークリスマス!」



二人はお互いの存在を確かめ合うようにして抱き合ったまま、いつまでも降り続ける白い淡雪に見守られていた。






(君を愛する俺の気持ちは、何があっても変わらない)



fin.




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