過去の傷と祈り

「朽花」の続編



「………………。」

部屋の隙間から覗かせる青い空は憎らしい程に美しい。掴もうと手を伸ばしてみればひび割れた爪先が目に留まり、虚しくもその腕は振り下ろされる。

しかしななしの目は乾ききっても尚澄み切るように美しく、僅かな希望を奥に持ち続けていた。

「痛々しいですね。」

傍にいた法正は呆れ返るような言葉を投げかけ、彼女の顎を軽く持ち上げればすんなりと上がって目と目が合わさる。逸らさずにぶつけてくる瞳、だからといって嫌悪を抱く事もしない、そんな何を考えているか分からないななしに対して面白可笑しく背筋が粟立った。


「そうですね……これも全て貴方がつけた痛みですけれど。」

「ええ、愛おしくなって、つい。」

「………………。」

「今日も今日とて、貴女の話が浮上していました。悪党の手篭めにされただの、攫われて喰われただの。ま、当然気に食わなかったので始末してしまいましたが。」

べとり、と、何か重々しい音が床に叩きつけられ、下を向けば所々血のこびりついた生々しい布。今さっきやって来ましたと言わんばかりに鮮血だ。血生臭さが鼻につき、思わずえづきそうになった。

「…………非道い。」

「聴き慣れた、何とでもどうぞ。」

これだけ人を抹消をしても一切の罪にならないのは、彼が戦場でどれだけ優秀かを意味している。軍師において彼を上回るのは早々いるものではなく、今ここで失ってしまうと戦力が大幅に削られてこちら側が圧倒的な不利になってしまう為、誰がどれだけ刑罰を訴えたとしてもあえなく有耶無耶にされてしまう。しかもその事件は外部に漏らさないよう誰もが厳重に内密している。故に、止められる者は誰一人存在しないという事だ。
せいぜい法正とななしの話題を出さない事に限る。……それが出来たのであれば今もこうして誰かが屠られる事もないのだが。

「守る為なら修羅にでもなりますよ。」

「………人を守る、その意味……本当に理解しているのですか……?」

「ええ。」

悪びれる様子もなく堂々と返答する法正。しかしその鋭い眼光は今でも異常者ではないと主張していた。そう、政治に関する事や国に関する事は至って普通、否、それ以上の天才。では女性に対してはどうだ、誰もが口を揃えて言うであろう異端だ。愛の感情が著しく乏しい、そうなるような過去を今までに送ってきたのではないかと憐れんでしまった事もある。

「…………教えて下さい。昔、何かあったのですか。」

「…………………。」

その言葉を問い質すのは一度目ではなかった。しかしそれを聞けば法正は忽ち人格を変えて襲い掛かってくるからずっと言い出せずにいたのだ。だが、ここまで来てしまえばある意味何も怖くないかもしれない。満身創痍の身体はとっくに壊れてしまっているのだから、今更何が起きても。

「お願いです。貴方の過去を、私は……。」

過去という文字で鋭い目線を寄越す。

「ああ、そんなに聞きたいか。俺の過去を。」

ぎし、と寝台に負荷をかける音を立てて、彼は静かに柔い腰に跨った。男の体重は華奢な肢体を圧迫させる。そんな息苦しさに喉を詰まらせながらもただ無言で見つめる事しか出来ない。

「ななし。」

名を呼ばれ両手を出した瞬間、首を絞められるのかと咄嗟に目を閉ざしたが、いつまでも苦しみはやって来ず、恐る恐る見上げれば法正は哀しそうに目を細めていた。

ーーあの時と同じ、そのような目で。

「…………。」

するり、と頬を大きな手の甲で撫ぜる。

「俺がここに来るよりも遥かに昔、守りたかった女性がいたんです。」

ごつごつと骨ばった指が唇をなぞる。

「ですが、その女は俺を………。」

その直後、ぐりっ、喉仏を強く押され、痛みに思わず目を瞠目した。

「…………ぁ………ぐっ………。」

「どうしてなんでしょうね……裏切り程恨みを買う物はないかと。」

「裏切……り………。」

「ええ、懸命に守ろうとした女は、それを良い事に俺を上手く利用して呆気無く捨てたんです。……今から思えばあんな奴、貴女に比べたらどうでも良かったかもしれませんね。」

「……………。」

「だからこそ、次に守る人が出来たら、そうさせないよう先に支配してやろうと思いまして。それが……貴女だったんですよ。恐怖を植え付けてしまえば、俺を裏切る事もなくなるかと……。」

「………法正………様………。」

「………ななし、貴女は……どうなんです。」

もう一方の手で下腹部を押され、痛みに唇を噛み締めるが、身動き取れないこの身体ではどうする事も出来ない。すると抵抗をしないのを良い事に、法正は下着を無造作に取り払い、素のまま中へと挿入し始めた。

「いっ………やぁあ!!」

「いつかお前も俺から、離れるか。」

濡れていない中は雄々しい異物の突然の侵入についていける筈もなく、痛々しい摩擦とそれに伴った血が流れ始めた。ごりごりと肉壁を削りとるような律動は彼女の痛みのその更なる果てを見せる。右脚を肩にかけて身を横に捩らせ開脚し、一番奥深く当たる体位で腰を激しく振った。

「あっ……や、だ……っ!」

「嫌な訳ない………だろ。」

股関節が外れるのではないか、と不安を他所に無我夢中で貪る法正。唇をふくらはぎに押し付けては真っ赤な舌をゆるりと這わせる。すれば幾度も受けてきた行為の賜物か、みるみる中は潤いを取り戻して潤滑の役割を果たすのだ。出し挿れを繰り返す内に撹拌した泡が厭らしく吹き零れ、綺麗になったばかりの寝台はみるみる汚れていった。

意思とは裏腹に喘ぐ嬌声と淫靡な水音が法正の脳を更に掻き立て覚醒させる。耳を塞ぎたくなるような、そんな猥褻な音が鼓膜に直接響き渡る。

「あっ………ん………!」

「…………っは………、好きですよ、ななし………。」

ずん、と最奥を突かれると同時に味わう雷撃。くらり頭が真っ白になり、内側から込み上げる快楽がみるみる脳内を麻痺させていく。ぞくぞくと悦びを得た身体は無意識に彼の魔羅を締め付け、脈をどくどくと打たせた。

「ほら、何だかんだ言って気持ちがいいのだろう………?」

「…………それ、は………。」

「…………それは……。」

「貴方の事が………本当に、好きだから………です…………。」

ななしは息を切らせながら、涙を浮かべながら本音を吐露した。その言葉に法正は訝しく凛々しい眉を顰める。

「そんな事をしなくても、私はずっと法正様を慕っておりました……裏切りなんて……。」

「……………本当に、そう言えるか?」

ずるり、抜かれたと思いきや壁に手を置かされ法正に尻を向けるような形にさせられる。相手の表情が伺えぬ恐怖にぎちりと歯を鳴らすが、入り口に宛てがわれた先端の熱い粘液を感じた瞬間に全身の毛がよだつ。

「………っ…………っう……!」

「恐怖を与えねば何れいなくなるのだろう……?それなら一生嫌われ者でも構いませんよ……。」

未だに衰えぬ根が鈍い音を立てて再び侵入し、快楽を与えるように幾度も摩擦と液体を生じさせる。壁に凭れ掛かっていたななしはその衝撃に死物狂いで耐えながら、痛みと快感を同時に受け入れた。余裕の笑みを浮かべ続ける法正は淫らに揺れる二つの胸を鷲掴み、突起を二本の指先で捏ねるように荒々しく愛撫する。

「あっ、あぁ………だめ……っ!」

「………ふっ…………。」

掴まれる双丘は食い込む指によって変幻自在に形を変え、感じる毎に更に中は引き締まって法正の男根を縛っていく。その激しい締め付けにより、いつでも吐出される準備が出来ている物はますます熱を孕んで膨らみを帯びた。


「いっそ………俺の子を孕んでしまえばいい。」

引きずり降ろされそうになるのを堪えるが、下から穿たれる打撃に何度か意識を持って行かれそうになる。

ーー駄目だ、このままだと今までと何も変わらないし変えられない。そう思った時、頭の中で駆け巡る感情。


彼が言った、愛している、その言葉はきっと心の奥底で押さえつけられた本当の言葉なのだろう。それは狂気の中に見せた僅かな優しさかもしれない。

信じている、信じているからこそ、目を覚まして欲しい。

まだ、今なら。


ずるずる、壁に縋っていた腕が落ちそうになった時、ななしは渾身の力を振り絞ってぐるりと身体を向ければ、面食らった顔を見せて怯む法正。

「ななし……っ……。」

「………信じて………下さい………!私は、本当に、法正様の事を心から愛していますっ!!」

ばしん、乾いた音が鳴り響き、暗い部屋に反響する。叩いた右手がじんじんと痺れ、彼の頬がみるみる赤く染まっていった。

「…………ななし………?」

「……………申し訳、ありません………後で殺すなりなんなりすればいいです。ですが、誤解されたまま死ぬのは御免です!私は恐怖で生まれる愛なんて生憎持ち合わせていませんし、これからも貴方の純粋に思っている愛だけを受けたいです。」

「…………………。」

「…………私の事、恐怖で支配する気持ちだけで愛していたのですか………?心から…愛してくれた事がないのですか……?」

肩で息をし続ける法正は、言葉を失ってただ彼女の目を見つめる事しか出来ずにいた。

自分が一体何をされたのか。


「……………はは、………そうか…………。」

まるで自分を嘲笑するように乾いた笑いを漏らす法正。

誰もがした事の無い事を、彼女は恐れる事なくやってのけた。射抜くような真っ直ぐな瞳が、邪気を打ち払うように法正の心を穿ったのだ。

「お前は………そうだな、他の奴等とは……違うか…………そうだな………。」

「…………法正様…………。」

「………ええ、愛していますよ。こうして縛り付けずとも、貴女の事は、本心から……。」

はらり、前髪が下りて表情を一層曇らせる。伺えぬ顔に不安を覚えるが、差し出された右手が頬を触れた瞬間、自分の中でとてつもない安堵感を感じた。

「…疑って……悪かった。」

「………っ…………。」

その言葉を聞いた刹那、ななしの身体は無意識に動いて、彼のすっかり冷たくなった全身を包み込むように抱き締めた。堪えていた涙は今かと言わんばかりに溢れ出し、法正の首元をじんわりと濡らす。

「ごめんなさい……あの時、貴方に大嫌いと叫んでしまいました………。」

「…………いえ、もう……気にしてませんよ。」

「…………もう一度だけ…………怖がらず向き合って愛して下さい………。今度は私が法正様をお守りしますから……絶対に裏切りませんから……!」

「……………………。」

無言のまま法正は泣きじゃくるななしの身体を押し倒すと、繋がったまま深く突き刺していく。先程……否、ここに閉じ込めてから初めて、優しくなったと実感した。

「先程……子を孕ませたいと仰っておりましたよね………それは……。」

「ななしが離れないように、そう思って言ったんですが。………無論、本心を言えば欲しいですよ……貴女との子。」

いつか見せていた揺らがない瞳に心を打たれ、ななしは静かに瞼を閉じる。

今の彼が心より願うのであれば、もう否定する事もない。浅黒い胸板に手を当て、

「法正様が、そう願うのであれば、私は。」

彼から幾度の傷を受けた満身創痍なる身体を委ね、そんな数々の地獄の時間を忘れる程に愛し合った。















「……あ、ああ…ななし様!?」

「……お久しぶりです。」

「その傷……っ、今まで何処にいらしていたのですか!?まさか、法正様に……。」

「いえ、この事はどうか誰にも言わないで下さい。もう……過去の話ですから。」

首から下、殆どと言っても過言ではない、噛み付かれた歯型や押さえつけられた爪痕が痛々しく残ってしまっている。今となっては彼が過去に受けた痛みがここにぶつけられた、だけなのだが。

「そんな……放っておける訳がありません。この事は一刻も早く皆に……。」

「…………お願いです、彼は何も悪くありません。全ては………過去の苦しみが引き起こした出来事なのですから。」

するり、と膨らみを帯びた下腹部を撫でながら柔く微笑めば、女官はぎょっと目を剥いて全身を硬直させた。

「……ななし様………。」

「今度は私が守ります。何も心配しないで。」

遠くで名を呼ぶ声に振り向けば、髪に結かれた紅い布が鮮やかに揺れた。




(……あまり離れないで頂きたい)

(あ……ごめんなさい)