戌亥


これの別バージョンのような話



理不尽だと思った。
自分は男に囲まれて、男に愛されながら振り向きもせずに、けれど離れない
だから同じようにしてるだけだ、仕事の一環だと同じように口を開いて、ただその大きな瞳が涙を溜めて自分のために泣いてくれるのを思えばそこはかとなく幸せを感じる自分に歪みを感じた

「満足した?私のこと怒らせてこれで満足した?」

滅多に泣かないくせに必死にそういうものだから今にも興奮してイキそうだ
わざわざ事務所まで来て、滑川なんてヤクザといた癖に自分を見て怒って連れてきて文句を吐いて頬を打って

「それは俺のセリフでしょ、満足した茜ちゃん?」

「…なにそれ、わけわかんないよ戌亥くんが何考えてんのかわからない」

「ンー?そうかな…俺は茜でいっぱいだよ吐き出せないくらい」

吐き出してなるものか、誰にもこの歪んだ幸せを渡せるものかと叫んでいた
小さな身体を震わせて、自分のために喜怒哀楽を激しくする、身体を組み敷いて白い肌の上に赤い花を消えないように何輪も咲かせて、消え掛けの赤い花の上に更に咲かせて
泣きじゃくる彼女に何度も愛してると叫んで、わざと見えるようにシャツのボタンを外して彼女がつけたわけでもない誰がつけたかも忘れたソレをみせる

「もっ、やだっわかれたいっ…もうつかれたよ」

デスクの上でぐしゃぐしゃになってそういった、ごめんねの一言もなしに足の間に顔を埋めて、泣きながらも求めて欲求不満を訴える身体に嗤う

「俺のこと嫌いになった?」

「好きだよ」

「うん、俺も好きだよ茜がいなきゃ生きてけないんだ」

あの日からずっとそうだ、丑嶋を追いかけて一人孤独に生きている彼女を見つけてからきっと無くしたら死んでしまう気がした
どうかそばに居てくれと願って頭を下げた自分を笑う彼女は愛らしかった、どんな姿でもよかったどんな形でも幸せだと信じていたからだ
胸を叩かれ拒絶され噛みつかれ殴られて蹴られて顔を背けられて、それでも好きだといえば「好きだよ」と返される、私もなんて安っぽい言葉ではない
だからこそ好きでいれる、まるで肉食獣のようだ

「茜あんな女俺どうでもいいよ」

「嘘だ、前も会ってたくせに」

「仕事だもん、茜しかみえてない」

「じゃあ胸ポケットから散らばったアレなに」

床に散らばる派手なピンクや黒や紫の名刺、普通のサラリーマン同士の名刺ではない、御丁寧に手書きのボールペンで可愛らしく電話番号やラインのIDなんかも記載されている
そんなものに一度も連絡したこともなければ情報以外思ったこともなかった、それでも目の前の恋人は必死にそれに怒るものだから持っていてよかったなんて思う
何十枚も落ちているそれを拾い上げながらズボンのファスナーを上にあげた、衣類を整えてもまだ目は赤く泣きそうだった

「お仕事だって、ね?」

「私もお仕事?」

きっと面倒な女だとみんな言うのかもしれない、それでよかった自分のために汚くなってほしいと願って、それに気づいたから丑嶋には止められたこともあった
茜を泣かせるならもうやめろと、まるで保護者のようなセリフをあの男が吐くのだから相当だろう
まるで小動物のようなその存在、虐めたい訳では無い、愛したいからこそのこの行為

「俺が射精するのは茜ちゃんだけじゃんか、ひどいなぁ」

「嘘つき、戌亥くんが昔からそうなのなんて…知ってるし」

「嘘だね俺のこと見てくれてたことなんてなかったよ」

中学の時だってずっと丑嶋しかみてなかった、大人になっても背中を追いかけて
恋人とも言い難いような関係で進んでしまって、自分の立ち位置はどこだ?とか愛されてるってなんだ?ってまるで子供のようにワガママを通して困らせてるのは自覚がある
それでも彼女に叱られたくて泣いてもらいたくてたまらない
いっそのことヒステリックに怒ってずっと殴って嫌いだと言われればよかったのに、無駄に互いに依存をして情報屋がなに情に流されてるんだかと笑われてしまう

「みても目を背けたくせに」

「恥ずかしがり屋なんだよ、意外と」

「今も目ぇみてない」

「うん、合わせたら恥ずかしくて死んじゃう」

適当な冗談を言っても目線は彼女の肩の奥だ、結局臆病で結末を知るのが怖いだけだと叱られても仕方ない気がした、息が止まりそうな程に固まって
諦めたようなため息が小さく漏れてまるで子供相手にするようにいう


「もうダメだよ」

「うん、ごめんね」

これが言われたいがためにしてるだなんて言えばきっとまた怒るんだろうと思いながら笑うのを見て同じように笑う
新しくまた情報仕入れと餌を見つけなきゃなんて思いながらこの歪みを自分で嗤った



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