それでもふれたいのはなぜ
一切の欠点が見当たらない美貌を保つ満月が夜空に浮かぶ。それによって注がれる月明かりは酷く神聖で、朧気である。それも、科学の側面から考えてみれば太陽の光なのだから不思議なものだ。そんな光が注がれるビルの屋上には、五人の人間が佇んでいた。その中の三人は、月が雲隠れした一瞬に姿を変えてみせる。前世の使命に流される様に、三人の表情は険しいものだった。そして、それに倣う様に残りの二人も姿を変えたのである。
「――あら、驚かないのね」
「そうじゃないかとは思ってました……」
「太陽系の外部の敵からこの星を守る」
「それが私達の使命!」
「良いか?これ以上月野うさぎ、セーラームーンに近付くな!」
「――言われなくてもそのつもりよ。こっちも少々迷惑しているの」
「でも、使命の為に使えるのは利用しちゃうかもね」
「お前達…自分の立場を分かっていないようだな」
「その言葉、そっくり返してあげる」
背後を月明かりに照らされながら顔を歪ませるヒーラーとメイカーは、端から見ればただの悪役である。しかし、彼女らもそれだけ切羽詰まっていると言えよう。幾らメディアに出ても、幾らライブをやって世に歌を出しても手掛かりも何もない焦りが彼女らにこう言った行動を起こさせている。だが、彼女らのそんな事情はウラヌス、ネプチューンやプルートには関係ない事なのである。――ただプリンセスを守りたいだけで、生ぬるい事はしない。味方からも恨まれる様な事があっても、それが僕達の守り方だから。そんな、冷戦とも言える双方の視線の交錯を中断させたのは、包帯塗れになりながらも屋上にやって来た星野の制止の叫びだった。
「止めろ……こんな戦いは無意味だ!」
「星野!」
「だめじゃない、寝てなきゃ」
「っもう二度と会わないよ……セーラームーンにも、月野うさぎにも」
先日、星野は敵に襲われたうさぎを庇って怪我をしている。刃物で切られたり物理的に殴られた訳ではないそれは治りが遅く、何時までも鈍い痛みが続いていた。それに耐え切れずに崩れ落ちる彼に、ヒーラーとメイカーは反射的に思わず手を伸ばす。そんな彼は、仲間がずっと望んでいた筈だった言葉を吐き出したのだ。そこで終わりだと思っていた。早く帰りたかった。しかし、ヒーラーの鼓膜にはウラヌスが響かせる、追い求める人物の名が燻る。――どうして今、あなたがあの子の名前を出すのよ。
「美華とは…スカイとは、どう言う関係だ」
「――恋人、かしらね」
「な…」
「大切な人、守りたかった人、あたしのせいで消えた人、あたしのすべてを捧げたかった人――言い方は色々あると思うけど、残念ながら今のあなたには知る価値なんてないわよ」
「なんだと…?」
ウラヌスと火野の言葉から推測するに、美華は自分の前世を味方には一切話していなかったらしい。――まあ、当たり前か。あたし達は今年に入ってからこの星にやって来た訳だし、あの子たちも誰それってなるでしょう。けれど、特別仲が良さそうなウラヌスにまで話していない事は意外だった。驚きもあったけれど、嗚呼、あの子の全部を知っているのはあたしだけなんだと、優越感が沸いて来る。そんな思いに従って、あたしは高圧的な言葉を続けた。でも、後悔はしていない。だって、あたしとあの子だけの記憶だもの。
「――前世も今も、あの子のすべてはあたしのものだから」
あなたの好奇心が入り込む隙間なんて、一ミリたりともないのよ。
『余計な事しないでよ!』
気分が乗らないままのバイトを早急に終わらせて、美華は火野神社に向かっていた。石階段を上りもう少しで本殿に着くと思われた時、なかなか聞く事のないうさぎの叫び声が鼓膜を刺激する。思わず駆け足で石階段を上り切ったそこには、うさぎと向かい合っているはるか、みちるとせつなが居た。話の経緯を何となく理解した美華は、勇気を振り絞ってうさぎの名を細々と呼ぶ。振り返ったはるかの顔は歪んでおり、その表情を見て、美華は初めて会った時を思い出した。――あの時はすごい嫌われてたっけ。
「っ…美華…?」
「…来てたのか」
「ついさっきだよ」
「…美華、魔力についてバレたらしいな」
「…言いつけを破っちゃったのはごめん。けど、うさぎ達を守りたくて」
「分不相応な事をするからだろ」
「――は?」
美華よりも僅かに高いはるかの頭部は、整った顔立ちと刺激的な雰囲気によって余計に恐怖を感じる。そんな恐怖を感じ取られない様に美華は目を瞑り、表面だけの言葉を吐き捨てた。――わたしのうそ吐き。本当はうさぎ達を守る為じゃないくせに。わたしが守りたかったのはスターライツで、ヒーラーだったくせに。そんな僅かな罪悪感も、はるかが無意識に放ってしまった「部外者」と言う意味合いを持つ言葉によって綺麗に拭われた。
――なに、それ。ずっとそう思ってたの、はるか。わたしは部外者で、戦士のはるかにとっては分不相応な存在で、邪魔者なの。ぐるぐるとネガティブな思考が脳内を巡り、言葉を間違えた、と言う様に一瞬にして表情を変えたはるかには気付かなかった。
「っ…美華、ちが」
「――わたしは!…皆に置いてかれたくなくて、ずっと隣に並んでたくて…っだから、だから体術もはるかにぜんぶ習ってたんだよ!なのに、一番近くにいたはるかが、それを言うの……?」
「美華…」
はるかの慌てふためく様子は珍しい。いつもならからかいの言葉をかけるんだけど、今は涙腺を堪えるだけで精一杯だった。けど、はるか、と名前を口にしてしまえば、それは出来なくなってしまっていた。わたしの知る戦士の中で一番強いと思っているのはウラヌスだし、多分わたしの事を一番知ってくれてるって思ってたし、だから頼んだのに。頼む時にも言ったのに。なのに、なんで今、それを言うの。こんな状況なのに、はるかはきっとわたしの涙しか見ていない。はるかは、わたしの気持ち、分かってくれてると思ってたよ。
「……さいてい」
本当はね、大っ嫌いって、言いたかったんだよ。
今夜、十番街の遊園地ではスリーライツのライブが行われていた。しかし、きちんと怪我を完治させなかった星野は、ライブの終盤で倒れてしまったのである。それだけでも大変なのに、今夜に限って遊園地には敵が現れる。もうどうにでもしてくれと言いたくなるが、それを言えないのがセーラー戦士なのだ。しかし、体調が優れないままのムーンは思う様に動く事が出来ない。そんな状況の中で迫り来る爆弾に、ムーンは思わず目を瞑るが、火薬特有の焦げ臭いにおいは漂って来ない。――恐る恐る目を開ければ、そこには助けに来てくれたのであろうウラヌスとネプチューン、そしてプルートが居たのである。
「ほんと、困った子たちね」
「ありがとう!助けに来てくれたのね!」
「勘違いしないでくれ。こいつを助けに来た訳じゃない」
「――ウラヌス、来ます!」
プルートの声に、ウラヌスは呆れた様な瞳から鋭いそれに変化させる。そして、再び来るであろう攻撃に身を構えた。しかし、それらの攻撃は全て前方から向かって来る訳ではないのだ。わざとらしく当たらない攻撃を繰り返し、木陰を利用して目をくらませれば、ウラヌスの身体は付いて行けなくなる。元来頭を使うのはネプチューンの役目なのだ、それを一瞬にして見抜いた敵はおそらく聡明だ。しかしそんな攻撃も、何処からか見覚えのある淡い光に包まれている短剣が、ウラヌスの背後の爆弾を破裂させる。――それをやってのけたのは、はるかと喧嘩をしている筈の美華だったのだ。
「――相変わらず弱いね、不意打ち」
「美華!な、なんで…」
「放って置けなかった、って言ってるでしょ!何度も言わせないでよ!」
「初めて聞いた事だろうが!」
「い、今です!セーラームーン!」
爆弾が破裂する時に息を呑む様な声が聞こえたが、気のせいだろうか。目を細めて見てみると、美華の頬には細く赤い線が生まれていた。新しげに見えるそれは、やはり先程の爆破で付いたものなのだろう。――慣れている、と言わんばかりの反応にどこか寂しく感じるのは、やはり僕が罪悪感を感じているからだろうか。ここまで冷たくされるのは初めて正体をバラした時以来で、どこか懐かしく感じる反面、僕が悪いはずなのに、泣きたくなる。邪魔者だなんて思った事もないのに、なんて今言っても君はきっと信じてくれないだろう。――様々な気持ちが交錯している間にも敵を浄化し終えたらしく、その場には気まずい、何とも言えない空気が漂う事になった。
「もう会わないと言う約束だったはずです!」
「そっちが星野に会いに来たんだろ」
「…とにかく、この星は僕達の手で守る。お前達は手を出すな!」
「そうして下さい。そっちの方がこちらも助かる」
ライブも戦闘も終わった今、海沿いにある茂みは不自然な程、静寂に塗(まみ)れていた。木々が揺れる音や海から聞こえるさざなみ、そしてそこに不釣り合いなせつなの怒りの声が響き渡る。微妙な距離で離れている双方のそれは、まるで今の心の距離を表している様に感じた。それを理解する度に、ぽっかりと空いた心の穴が痛い。けれど、夜天に名を呼ばれる度にそれは埋まって行くのだ。――ああもう、そんな切ない声で呼ばないで欲しい。また、ふれたくなってしまう。あのあまい夜を思い出してさみしくなる。駆け出して、抱き締めて口付けて、なにもかもを忘れてぬくもりを感じれたら。
そんなこと、出来る訳もないんだけれども。
「……なに」
「…待ってるから。先に、行かないで、よ」
「……行かない。行けない、よ。わたし」
こちらから見える美華は背中だからどんな顔してるとかは分からないけれど、頑張って冷たくしようとしてる事はすぐに分かった。――幼稚園の頃から一緒だから、なんか分かっちゃうんだよね。私がセーラー戦士として目覚めた時くらいかな、彼女はどこか遠くを見るようになった。好きな人でも出来たのかなって最初は思ってた。夜天くんを想ってたんだろうなって、今なら分かる。どこにいるのかも、ちゃんと生きているのかも分からない彼を、この子はたった独りでずっと抱え込んで唯ひたすらに想ってたんだ。私ならきっと出来ない。たぶん二人にしか分からない会話は、二人だけの時間とか絆が見えて少し寂しい気もする。けど、一番寂しいのはきっと美華と夜天くんなんだよね。多分ずっと我慢して来た二人だから、幸せになって欲しいの。だからね、美華。
ちょっとでも言葉をかけたら泣き崩れそうな、そんな顔、しないでよ。