なにも守れぬ朱殷
「同じだわ、あたし達の星と…!」
「この星ももうすぐ滅びる」
先程までの綺麗な星空はどこへやら、見上げても希望を感じさせてくれるものは何処にもなかった。澱んだ空はこれからの絶望を表しているようで、この場に居ない筈のギャラクシアに、常に
「……どこへ行くつもりなの?」
「敵の本拠地に乗り込むつもりなのか」
「正面から行っても、犬死にするだけよ」
「…私達はプリンセスを守り、いつの日か私達の星を復活させる為だけに生き延びて来た。その希望が潰えた今、生きていても仕方ないのよ。この上は、プリンセスの為にもギャラクシアに一矢報いなければ」
「プリンセスはそんなこと望んでないわ!」
「――うるさい!」
ムーンの制止の言葉に、便乗する様に声を上げたのはウラヌスとネプチューンである。しかし、そんな言葉で止まる様な精神状態を持って今、スターライツはここには居ない。守るべき者を亡くしたスターライツは、戦う事でしかこのやるせなさを発散する事が出来ないのである。――その中でも、ヒーラーは特に火球への思い入れが強かった。そんなヒーラーの激昂は、美華の身体を震わせる。明確な声音とは打って変わり、その表情は酷く哀れだ。
「あなた達なんかに、何が分かるの……?」
「あなた方も、精々あなた方のプリンセスを守る事ね」
突き放す様に言葉を紡ぐメイカーの傍らで、ヒーラーは見下ろしながら「美華」と呼ぶ。弾かれた様に俯かせていた顔を仰ぐと、ヒーラーとの距離が予想以上に近かった事に気付いた。ふと肩を掴む両手に思わず瞳を伏せるも、ヒーラーの強い視線が失われる事は無い。それどころか、金木犀の香りに
「……美華はここにいなさい」
「な、なんで!やだ、わたしも行く!」
「ガキみたいに駄々捏ねないでよ!いつでも守れるとは限らないじゃない!」
「守って欲しいなんて頼んでないもん!」
「あんたは目を離すとすぐに大怪我負うでしょうが!」
「魔法使うから大丈夫だもん!」
「だからァ…!」
しかし、その直後に展開されたのは今では懐かしい、と言った感情さえ湧く二人の口論である。「蒼との口論を思い出す」と言ったムーンの耳打ちも、「中学の頃、はるかと口論してた時の事を思い出す」と囁いたネプチューンの笑みも、懐古と呆れを双方とも感じ取るファイターとメイカーの姿も、ヒーラーの苛立ちを加速させていた。そんなヒーラーは目尻を鋭くさせては美華のうなじを掴み、その顔を固定させる。そして、犬歯を僅かに鋭くさせたのである。
「…もう、傷一つもつけられたくないの。――頼むから分かってよ」
くそ、と悪態を吐き、ヒーラーは
「……わか、った」
「…あたしが無事に帰って来たら、あんたに言わせたい言葉があるんだから」
「へ、――」
そう言いながら美華の顎を掴み、ヒーラーは美華の口端に口付けた。美華の言い分も聞かず、周囲の視線も、ムーンらの好奇心溢れる声もウラヌスの殺気が孕む鋭さも、ヒーラーは全てを無視するのだ。そんなヒーラーとは打って変わり、何回されても慣れないその距離に、美華は頬を赤く熟れさせた。――そんな様子に優越感を抱いているなど、この少女は思ってもみない筈だ。ばかで愚かで、そして酷く愛おしい。
「そろそろ慣れなさいよ、すけべ」
「な、な…っ」
「……すけべ」
「す、すけべじゃない!」
「敵は既に銀河のほとんどを手中に収めています」
――このまま、コンサート会場にいても何も出来ない。――そう悟った美華らは、一先ず火野神社へと移動する事になった。そこの屋根の隙間から見える空模様は未だに澱んだものとなっており、じりじりと追い詰められて行く様な感覚さえ抱かせる。――わたしには、「スカイ」みたいな大きな力がある訳じゃない。ずっと夜天くんを追ってはいたけど、もう、星が消える感覚は分からない。本当にわたしの前世がスカイなのかも、前世なんてあるのかも、何も。でも、恨むような、寂しそうなギャラクシアの視線は居心地を悪くさせた。
「…星野くん達、大丈夫かしら」
「…なんとかしなくては」
「いつまでも奴の思い通りにはさせない」
「この星は、私達の手で守らなくてはね」
そんな美華とは打って変わり、ムーンらは銀河テレビ局の方向を見つめては空を仰いだ。庇護対象であったプリンセスを目の前で喪い、スターライツはきっと自暴自棄になっている筈だ。だからこそ、何の策も講じずに異空間とも言えるあの場所へと向かったにちがいない。しかし、それはこちらも同じ事である。それらを理解している美華は「お前はここにいろ」と言うウラヌスの言葉を遮ったのだ。
「な、――」
「黙って待ってると思う?ウラヌスは馬鹿だね」
「なんだと…?」
驚きを露わにするウラヌスを横目に、美華は肩から掛けていたボディバッグから二枚の布切れを取り出した。そして、それらを両腕に通して行く。手の甲の部分に刻まれた紋様は、金色の糸で刺繍が成されていた。照明と反射して時折輝くそれは、酷く美しい。それの存在を数年前から知っていたウラヌスは、それを視界に収めては瞳を細めた。――魔術の威力を増幅させるそれ、その代わりに消費する魔力は凄まじいそれ。――ウラヌスは、思わず美華の手首を掴む。抵抗はされなかったものの、止める事も出来なかった。
「あの人がわたしを失いたくないのは知ってるけど、それはわたしも一緒だもん」
「美華…」
「だから止めないでね。わたし、行くから」
器用に手首をくねらせて、美華の手はウラヌスのグローブ越しのそれを絡め取る。「頼むから止めてくれるなよ」と懇願する様なその強さは、ウラヌスの心臓を鷲掴んだ。迷いのないその声音はウラヌスに、周囲の仲間に「だめだ」とは言わせてはくれず、美華はさっさと準備を済ませてしまう。一方で表情は柔く優しく、その差に夢見心地な感覚を与えて行くのだ。
「わたしの知らないところで消えちゃうなんて、そんなのいやだもん」
――いつもそうだ。お前はいつも笑って、僕よりも先へ行く。
「――どうした?もうおしまいか?」
揶揄う様な口振りで、ギャラクシアは
「こんなところで終わりなんて…!」
「私達のして来た事は無駄だったと言うの……!?」
「お前達はここで、ボロクズのように朽ち果てるのだ」
そんな苛立ちを押し付ける様に、ギャラクシアは再び攻撃を与えようとスターライツに手の平を向ける。光弾の様に勢い良く襲い掛かる衝撃波に、指一つ動かす気力は、スターライツには与えられていなかった。思わず目を閉じた瞬間、鼓膜を震わせる衝撃音に、ヒーラーは肩を震わせる。――恐る恐る翡翠の瞳が姿を現すと、目の前には見慣れて来た魔法陣が展開されていた。縁を結んだ中で魔術を使う人間なんて、そんな者は一人しか居ない。後ろには、スターライツの身体を支える様に内部戦士らもその場に足を着けていた。
「美華…!」
「…ボロボロだね」
「あんた、何でこんなところに…!」
「……ヒーラーのこと、諦められなくてきちゃった」
「きちゃった、って、――」
細くか弱いその腕で、美華はこの場に居る仲間全員を守ってみせた。ギャラクシアと敵対している筈のその手でヒーラーの頬を撫で、そして、柔く笑ってみせる。――腹が立った。でも、「ごめんね」って言うように笑う美華を見てしまえば、言葉が出て来なくなった。きちゃった、じゃ、ない。来ちゃだめなのよ、あんた。魔術の増幅具まで着けて、死ぬつもりなのあんた。いやだよ美華、死なないでよ。そんな事を口にしても、あんたは笑って逝っちゃうんでしょ。スカイよりも素直で、スカイよりも不器用だから。だから惹かれた。なのに、その事実が今、死ぬほど苦しい。
「この空間に入って来るとは…取り敢えず褒めてやろう。その三人諸共始末してくれるわ」
「なにしに来たのよ……!」
「こんな事しても、恩になんか着ないわよ」
「――感動の再会と言うわけか。涙ぐましい事だ」
この空間に目が慣れ始めた頃、美華の視界には威圧感のあるギャラクシアが映っていた。僅かに殺気を感じるも、それと同時に孕む戸惑いに心臓を掴まれる。しかし、それに対抗する様に、美華はギャラクシアに鋭い視線を向けた。その後ろでは、ヒーラーとメイカーの怒りの声がこの空間の空気を震わせる。わざとらしいその言葉らを受けつつ、美華は双眸を細めた。そんな美華を
「…この星から、あたし達のこの星から出て行って!」
「お前達のスターシードを私に捧げるのだ」
「ふざけないで!そんなこと、私が許さない!」
「許さないだと?――誰に向かって話をしている!」
ギャラクシアの激昂と共に襲い掛かる光弾は酷く鋭く、それらは迷う事なく美華に危険を及ぼした。それから身を守る様にムーンの身体をファイターに押し付け、美華は自身らを守る様に結界を張ってはギャラクシアからの攻撃を受け流す。それと同時に空いた右手を少し動かし、ギャラクシアの背後に魔力で模った複数のナイフを構えさせた。しかしその行動は読まれてしまい、それらはギャラクシアの手により、一瞬にして潰されたのだ。そんなギャラクシアは、その事実に舌打ちを響かせる美華を見ては口角を歪ませる。
力で押し潰した美華と戦士らを見下ろし、悦に浸る様に自身の手で手に入れたスターシードの数々を見せびらかした。あまりに眩いそれらに思わず瞳を細めるも、そこには見慣れた
「あんなにも…」
「……美華?」
――ギャラクシアじゃない、別の何かに
「――まも、ちゃん?」
「え…?」
「……蒼」
「ほう……この金色と橙のスターシードに惹かれるとは、なかなか目が高い」
ぽつり、と呟かれた愛しい者の名はこの国に居ない、しかし、遠い国で勉学に精を出している筈の人物だ。目の前でキラキラ、と星の様に輝いているのは、元はその人間を象っていた物だった。同様に、もう一人の幼馴染の名を震える声で、美華は呟く。感心した様に響くギャラクシアの声音など、耳から脳内を通って抜けて行ってしまった。美華の囁きに、マーキュリーは瑠璃色の双眸を大きく見開かせる。
連絡が来ない時点で分かってたんだと思う、わたし。でも強いから。わたしと違って、ちゃんと戦う力を持ってるから。おちゃらけてるけど、馬鹿じゃないから。――ねえ、蒼。あなた、手も足も出なかったの。どうして、衛さんを守る為に消えちゃったの。どうして、…どうしてあなたが、今ここにいないんだろう。
「……いつ、蒼を消したの」
「…地球の王と共に」
「どうして、蒼を…」
「――なぜ?私が真のスターシードを欲している事は承知の上だろう」
「…じゃあ、分かってたでしょう。わたしが、『スカイ』の生まれ変わりが地球にいること」
「……楽しかっただろう?」
「は…?」
「――前世の恋人と再び縁を紡ぐのは」
その言葉を聞き、美華は初めて腸がが煮え繰り返る感覚を覚えた。そしてその瞬間、彼女は無意識のうちに魔力を纏った剣を構え、ギャラクシアに斬り掛かっていたのである。背に降り掛かるヒーラーの制止の声など、全て過ぎ去ってしまっていた。――ぜんぶ、ぜんぶぜんぶぜんぶ仕組まれてた!夜天くんと出会う事も、もう一度惹かれ合う事も、封印を解かなければいけなくなる事もぜんぶ、ぜんぶ!わたしを、「スカイ」の生まれ変わりを傷つける、たったそれだけの事の為に――、
「ッ、たったそれだけの為に!どれだけの命がその手に奪われたと思ってるの!」
「お前が好んで使っていた言葉だ。――『これも運命なのだろう』と」
「わたしは『スカイ』じゃない!」
「…そうだな、スカイは己に嫉妬を向けたりはしない」
「ッ、――だまれ!」
振り翳す勢いに怒りを乗せた剣筋を、ギャラクシアはいとも簡単にブレスレットで受け止めてみせた。ギリ、ギリ、と耳を塞ぎたくなる様な金属音に、ムーンはちびちびを抱えながら僅かに顔を歪める。その表情は、こんなに怒りを露わにした美華は見た事がない、と言いたげだった。そんな幼馴染の様子など眼中には入っていないようで、美華は悔しさを孕ませた双眸でひたすら、ギャラクシアを睨み、見下ろす。宙にて展開される魔法陣がより一層、美華に勢いを持たせていたが、それでもギャラクシアに一矢報いる事は叶わないらしい。――ブレスレットから放たれる光によって吹き飛ばされた身体は、満身創痍のヒーラーの身体によって受け留められる事となった。
「美華!」
「っ、……う"」
「…この私に、思い通りにならぬ事などないんだよ。スカイ」
まるで諭す様に、それがこの世の真理である様に、ギャラクシアは言葉を紡ぐ。コツリ、コツリ、と響き渡るヒール音が、命のタイムリミットの様に思えた。しかし、それでも変わらぬ美華の鋭い視線に痺れを切らしたのか、ギャラクシアの全身からは衝撃波が放たれ、それが美華を襲うのである。そこかしこで呻き声が響いた事で、美華は再び結界を張ろうと手を翳すが、その手はヒーラーによって包み込まれる事となった。――思わずヒーラーの方向に視線を向けても、それが交わる事は無い。しかし、抱き締める腕の強さが、その温もりが、一生のものの様に思えたのだ。
「もう少しいたぶって楽しもうと思っていたがその瞳、よほど私を怒らせたいらしい。――良いだろう。お前のスターシード、仲間諸共奪い去ってやるわ!」
ギャラクシアはそう言葉を紡いでは、両手首に填められるブレスレットを胸の前で構えた。それらの矛先は明確に、美華に向けられている。ビリビリ、と響く殺気には、おそらく失望とやらも混じり合っていたのだろうと思う。――思わず瞳を細めた瞬間、五つの光弾が放たれる。素早い速度は美華らを決して逃がさぬ、と宣言されているようだ。その隙を突いて結界を張るも、その隙間を縫って己の壁となる人影があった。
前世ではギャラクシアに守られ、現世でもはるかに守られ、もう誰かに守られるのは嫌だった。目の前で傷付く姿を見つめるだけで、ただ泣き喚くのは嫌だった。――でも、いつだってそうだ。わたしはいつだって誰かに守られて、生きながらえる。なのに、泣く事しか出来ないわたしを、どうしてきみは守るの。どうして、恨み言さえ言わないの。どうして、なんで、
なんできみが、身体を張ってわたしを守るの。
「っ、……ま、きゅり」
マーキュリーだけではない、ジュピターとヴィーナスはスリーライツを、マーズはムーンとちびちびを守る様にその身を犠牲にしていた。命の源とも言えるスターシードをギャラクシアの手に奪われた内部戦士らが次々と地に倒れる姿を見て、美華は再びごぽり、と大粒の涙を零す。スリーライツとムーンの震える声が鼓膜を震わせるも、それは何処か遠くで響くものの様に思えてならないのである。――途切れ途切れに紡がれる名に、マーキュリーは薄らと瞼を開けた。そこでふと浮かび上がった微笑には、何処か安堵の色が広がっている。
「美華、ちゃ、……今日はよく泣く、わね」
「な、んで、なんで、あみ」
「…美華ちゃん、は、私の、二番目の、おともだち、――たいせつな、ひと」
「亜美…」
「……私だけだと、思ってた、から、消える私を見て、泣く美華ちゃんが、うれしい……」
「ごめんなさい」と声を嗄らしながら、マーキュリーは美華の首筋に腕を回す。しかし、温もりを感じる事は出来なかった。――火球ちゃんと同じ事を、亜美は繰り返す。前世の事も、自分の事も、何も教えて来なかったわたしを、この子はずっと待ってた。最期まで言えなかったけど。そんなに優しい
「蒼くんの事も、分かってた、……の、かも」
「え…?」
「……ずっと、連絡がなかった、から、――約束を破るなんて、ありえない、もの」
「…そうだね」
美華の背を支える様に、傷だらけのヒーラーの掌が触れる。――あたたかい。そのぬくもりにまた、泣いた。亜美が、わたしの背中をぽんぽん、と叩いてくれる。もう、感覚も何もなかった。それがとても寂しく、空しい。わたしのせいで、ぜんぶぜんぶなくなってしまう。衛さん、蒼もいない。亜美も、他の皆も残酷なほどに呆気なく、消えてしまう。どうしてわたしはまた、こうして守られて泣くしか出来ないんだろう。
「いつも誰かを探してるみたい」と、うさぎはたまに零していたらしい。うさぎはお調子者だけど、馬鹿じゃない。だからその相手が夜天くんだって事は、少し、気付いていたんだと思う。そんな夜天くんがしあわせそうに笑うのは美華ちゃんだけだから、とそんな言葉を遺して亜美は消えた。その直後にレイちゃんも消えてしまったようで、この場にはムーンの激昂だけが響き渡っていた。
「――亜美、蒼」
もう戻らないその温もりに、わたしは声を出さずに泣いた。