ひどい男に守られて

 レトロな古びた列車はゆっくりと、景色を変えながら時間の流れに沿って進んで行く。そんな一昔前の雰囲気には合わないうさぎの声が響き渡っていた。――うさぎの言う「ちびちび」とは、うさぎの自宅に突如として現れた、見た目は5、6歳程度の可愛らしい少女である。何処から来たのかを聞いても名前を聞いても「ちびちび」としか言わないので、妥協案として「ちびちび」となったのだ。そしてそのままうさぎの自宅に住み着いたちびちびの世話は、自然とうさぎが見る事となる。


「ちびちびちびー」
「こらちびちび、危ないからじっとしてなさーい!」
「突然ちびちびちゃんを任されるなんて、うさぎちゃんも可哀相よねー」
「うさぎって昔からああ言う役回りだから本当面白いよねえ」
「……それ悪口よね?」

 そんな一連の流れを見る美華は酷く楽しそうである。すると、美華の携帯がふと震える。――夜天からのメッセージの通知だった。彼とのトーク画面を開くと、一枚の画像と「暑いのに撮影死にそう」と言った、最早愚痴に近い一言が添えられていた。その後に送付された青空の写真は、確かに暑そうである。きらきらと輝く太陽は容赦なく光を振り下ろし、人間達を苦しめるのだ。――しかし、そんな風景が彩られる写真に、美華は見覚えがあった。


(……あれ?ここって…)
「――これって夜天くん?」
「あ、亜美…」
「えっ、夜天くん!?何で美華ちゃんが連絡先知ってるのよー!」
「い、いや、あの…」

 ――もしかしたら、これ以上に賑やかになるかもしれない。そんな自身の予想が当たる事など、この時の美華は思いもしていない。そんな彼女に対し、喧騒から逃れて来た亜美が聞きたくなかった一言を発したのだ。そこから美奈子へと飛び火が向かい、美華は喧騒の渦に巻き込まれる事となったのである。――夜天くんの事は美奈ちゃんの耳に入れちゃ駄目な事を忘れてた。先程はうさぎの不運を笑っていた美華だったが、美華の現状も似た様なものに見える。そしてこの騒ぎは、避暑地の最寄り駅に着くまで続いたのであった。




 避暑地の最寄り駅からバーベキュー場までは十数分、歩く程度の距離がある。その間の道はきちんと整備されており、一定間隔で大木が植えられていた。その間をゆったりと歩いている美華らは、都会に居ては中々味わえない森林浴を楽しんでいる。――そんな最中さなか、美華らは地元の駐在だろう男性に声を掛けられたのだ。


「あんたら、キャンプに来たのかい?」
「はい!」
「気をつけなさいよー、キャンプ荒らしが出てるようだからね」

 その内容は、ここに来なければ耳にしない様なものであった。そして、それを聞いた美華は、不審そうに顔を歪めたのだ。――キャンプ荒らし、と言う言葉があるのも今初めて知った。それが人伝に伝わると言う事は、それなりに被害が大きい、と言う事ではないだろうか。生憎とここには内部戦士しかおらず、戦闘は余りあてには出来ない。――死ぬかもしれない、そんな物騒な事を思ってしまうのも仕方のない事の様に思えた。




「あっちー……」
「この衣装は堪りませんね」
「まったく」

 ――暑い、暑すぎる、何でこんな真夏にこんなあっつい衣装着て暴れなきゃいけないの。仕事だからやるけど。太陽の光は見えないけれど、じりじりと焼かれてる様な感覚だけはちゃんと感じる。暑苦しいのは苦手だ。早く終わらせて日陰で休みながら冷たいお水でも飲みたい。その気持ちが前面に出たのか、山場である戦闘シーンは一発で撮り終わった。この時の達成感と言うものは、言葉では言い表せれない何かがある。
 スタッフに用意された椅子にはドリンクのポシェットが備え付けられており、その両脇は大木により大きな影が出来ていた。先程の蒸れや直射日光により乾燥しきった自身の身体を潤す為に、喉に水分を流し込む。それが火照りきった身体にはちょうど良くて、酷く気持ち良かった。側に設置されている小さなテーブルの上には、夜天の携帯が置かれている。間隔を置いて点滅するランプに気付いた彼が電源を入れると、美華からの新着メッセージの通知が視界に入る。流れる動作で彼女とのトーク画面を開くと、見覚えのある綺麗な湖の写真が送られていた。――嗚呼、近くに居るのか。


「なあ、待ち時間に泳いじゃおうぜ」
「それはグッドアイデアですね!」
「泳ご、泳ごー!」

 そう確信した夜天は、何時もなら適当に流す星野の提案に乗ったのだ。




 バーベキュー場に着いた美華らは、それぞれ持って来た水着に着替え、避暑地での夏を楽しんでいた。――しかし、問題は美華である。水着に着替えたのは良いものの、一向にパーカーを脱ごうとしないのだ。何度も訳を聞くが、その訳を言いたくないらしい。水が怖い、と言うよりかは何かに羞恥を感じている、と言った方が賢いのかもしれない。


「美華ちゃん、本当に入らないの?」
「んん……後で入るから、ね?」
「…後でビーチバレーしましょう?」
「うん……っ」

 最終的に亜美が折れたのだが、その場に焦りを帯びた美華の声音が響き渡る。その声に思わず前を向くと、亜美の視界にはうさぎに迫る何かが映り込んでいた。それに気付いた亜美が叫び、急いでうさぎの元へ駆け寄ろうとするが、水圧が邪魔をして中々前に進んでくれない。その間に水面が上昇すれば、注目を集める様な水飛沫の音が響き渡った。――その場に現れたのはスリーライツの星野と大気、夜天だったのである。
 そんな三人に、もっとも素早く飛び付いたのは美奈子だった。スリーライツが関わる際の、彼女のテンションは素晴らしい程に高い。それを悟ってしまう美華らは、思わず苦笑を漏らした。そんな喧騒から逃れようと夜天が近付いて来ると、ばちり、とお互いの視線が絡み合ったのである。その事に最初に気付いた美華がにやりと口角を上げると、夜天は呆れた様に眉を顰めてみせた。


「…やっぱり来てたんだ」
「それはこっちの台詞」
「あの湖の写真で気づいたでしょ?」
「確信犯なのは知ってた。――と言うか、何で空野だけ濡れてないの?」
「美華ちゃん、頑なにパーカー脱ごうとしないのよー。夜天くんからも何か言ってやって!」

 うさぎ達がぞろぞろと帰って来る中でも構わず続けられる淡々とした会話に、周りも慣れて来た様でもう何も言わない。――日常茶飯事である。しかし、美奈子だけはこの二人の空間に割り込んで来るのだ。目敏い女である。そんな美奈子の言葉を聞いているのかいないのか、夜天は座り込み、じっと美華の顔を見つめ続けていた。そんな行為を始めて、どれだけ経っただろう、酷く長かった様に思える。美華から目を逸らさず、彼は素早い動きで美華のパーカーを脱がせたのだ。


「っ、な、ぁ、――なにするの!」
「…別に普通じゃん。なにが嫌なの」

 急に開放感を与えられた美華の身体はひやり、とした空気を纏い、思わず鳥肌が立っていた。――この人いつも無気力なくせに、何でこう言う時に限ってこんなに行動が素早いの。一周回って馬鹿なのだと思いたい。そんな美華の気持ちが夜天に伝わる訳もなく、筋肉を見られるのが嫌だ、と笑われる覚悟を持ってぼそり、と述べたのだ。――案の定笑われる、しかも大爆笑である。そろそろわたしは怒っても良いと思うんだけど、どうだろう。


「そんなに笑うかなあ……?」
「美華ちゃんでもこんな乙女チックな悩みがあるんだなあ」
「まこちゃん、完璧に馬鹿にしてるよね!?」
「まあ、別に良いじゃん。綺麗だし」

 ――本当、この白髪は腹立つなあ。何でこんな人が好きなんだろ、馬鹿みたいじゃない。でも、好きなのは変わらないのもどうにも癪だ。美華はぷう、と拗ねた様子で頬を膨らませるも、そんな美華と夜天の一連の会話を聞いていたまことは、美華に対してにこやかに笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。それがなかなかどうして失礼なのである。しかし、美華が最も驚いたのは彼の発言だった。――さらりと述べられたその二文字は、美華の身体を酷く高揚させたのである。


「だから、綺麗じゃない?」
「や、やてん、く…」
「頑張ってる証拠でしょ、僕は好きだけどな」
「いや、あの」
「……なに、その顔」
「夜天、お前やるなあ。すげー大胆じゃん、綺麗とか好きとか言っちゃって」

 夜天が周囲に同意を求める様に声を響かせるも、その周囲の視線は全て、真っ赤に熟れた美華に注がれていた。羞恥心に抗う様に言葉を挟むが、それはまるで意味を成していない。――漸く夜天が美華へと視線を戻すも、僅かに熟れた彼女の表情には気付かない様だ。寧ろ反応のない彼女に不服だと言いたげである。しかし、それは星野の煽る様な言葉によって彼女と同じく、紅く熟れた表情となったのだ。


「っ、は!?いや、別にそんなんじゃ…っ」
「空野のこと、こんなに真っ赤にさせちまって。ひでえ男だよ、なあ?」
「ち、ちが」
「りんごみたいな顔にならないでよ……!僕が変な事を言ったみたいじゃん!」
「変な事を言ってるの!なんで気づかないの?ばかかな!?夜天くんだって似たような顔してるもん!」
「そんな訳ないだろ!」
「あーはいはい、いつもの感じね。ほっといてビーチ行きましょ」

 星野の言葉に声を荒げるも、星野は美華の両頬を軽く掴み、その表情をわざとらしく覗き込む。彼女は僅かに羞恥にまみれた様子で否定するが、その様子に説得力は無い。そんな彼女に責任転嫁をした瞬間、何時もと同様、口喧嘩が始まったのだ。――頬を火照らせて口論を続ける美華と夜天の姿は、端から見たらかなり変なのだろう。しかし、この二人の何時ものやり取りを知っていれば、それも微笑ましくなると言うものだ。
 その光景に呆れ返った美奈子は自身の帽子を手に取り、ビーチへと駆けて行く。それに続く美華と夜天を除く人々は仕方ない、とでも言いたそうに苦笑を浮かべていた。――さて、今回の口喧嘩は何時になったら終わるのであろうか。




 スリーライツが撮影再開の為に居なくなってから、良い時間にもなって来たので美華らは夕食の準備をする事となった。その時、美華は火を起こしていたのだが少し薪が足りなくなったとの事で近くの森で薪の収拾をする事になった。――しかし、粗方の薪は拾ってしまった様で一向に薪は見付からない。落ちているのは小枝や松ぼっくり、そして妙な切り口の落ち葉達である。その「妙な切り口」に美華は首を傾げるも、僅かに傾いた影に、急ぎ足で自身のテントに戻る事にしたのである。
 しかし、そこからが不穏だった。自身のテントに戻って来たかと思えば、そこにあったのはぐちゃぐちゃに荒らされたテントや材料、そしてハンマーを持った怪物だったのだ。その怪物は、何やら酷く荒れた様子で怒声を響かせている。


「――失敗作だァ!」
「っ、止めて!」
「失敗作だァァァ!」
「ひ…っ」

 乱暴なその行為を止めさせようと思わず声を張り上げてしまえば、怪物の標的は美華となる。――せっかく皆で作ったのに、全部ぐちゃぐちゃだなんて。お願い、止めて。――そんな思いが前面に出すぎてしまい、美華は声を荒げた直後、手に抱えていた物を怪物、基いファージに投げ付けてしまったのだ。その衝動的な行動により敵意を感じた敵は、彼女に対してハンマーを振り翳す。森の中からは、夜天が「避けろ」と声を張り上げていた。
 分かってる、分かってるよ。でも怖いの、全然動かない。――どうしよう。そんな恐怖心の中、何とか避けようとした時には、ハンマーは目の前にまで迫って来ていた。ハンマー自身の衝撃を避ける事は出来たが、それの衝撃波によって、美華は後ろの大木に後頭部を勢い良く打ち付ける羽目になったのだ。


「空野!空野…っねえ!」
「夜天、あれはまさか…」

 夜天と大気は急いで駆け寄り、美華の身体を支えるが、額からは赤い液体が流れて来る。――血液だった。夜天は咄嗟に近くにあったタオルでそれを拭き取り、平面な所に寝かせる。その間に、大気はとある仮説を立てていた。どうやらそれは夜天も同じようで、二人は既にポケットに入れていたチェンジスターを力強く握り締めている。ギリ、と響く摩擦音は明らかに夜天の手から響いていたのである。


「――大気、行こう」

 翡翠のその瞳には、怒りと欲望が複雑に混じり合っていた。




 とあるコテージの一室、美華はそこに備え付けられているベッドに座り、持参した文庫本の文字を読み進めていた。昔から好んで読んでいるノンフィクション、大好きな筈なのに内容が全く頭に入って来ない。先程まではうさぎ達がこの部屋に来ていて、凄く騒々しかったのを覚えている。――泣かなくても良いのにね。だからかな、静かすぎて落ち着かない。そんな時に部屋の扉はゆっくりと開かれ、煌めく銀髪が美華の視界を掠めたのである。


「――空野」
「…夜天くん」
「体調は?頭痛くない?」
「…どうしたの。心配でもした?」
「…ビビったよ。いつも強気なくせに、ぐったりしてるんだから」
「強気、かなあ」
「あんま無理しないでよ、月野も泣くだろうし。――それに、守りきれない、から」
「…守ってくれる、の?」

 ベッドの横に置かれている椅子に腰を下ろした夜天は、がしがし、と雑に髪の毛を乱してみせた。――最近良く見るこの動作は、アイドルとして見る夜天らしくは無い。おそらくは素の彼なのだろうなあ、と思う。それに、教室で見る彼より少し、優しい。もちろん少しの同情もあるのだろうが、心配してくれている事は見て取れた。彼は嘘や冗談が得意ではない筈だから。
 既に泣いてしまったうさぎの事は、言わない方が良いのだろう。きっと妙な空気を纏わせてしまう。――それに、美華は「守る」の二文字に惹かれて仕方がなかった。ヒーラーと同じ顔で、ちがう口調で、同じ言葉を紡がれる事が嬉しくて堪らなかった。ぱちくり、と大きな瞳を瞬かせる。美華の視界は、もう、夜天のものだった。


「…嫌なの」

 男にしては白い肌が仄かに赤色に染まっている。今日は良く見るこの顔が可愛くて堪らない。――少しでも心を許してくれているのかな、なんて。自惚れかも知れないけれど、嬉しさが溢れて自然と頬が緩む。そんな美華の表情を見た夜天の動きは一瞬止まるが、ゆっくりと手を伸ばして彼女の緩んだ頬を優しく撫でた。――ああ、あたたかい。気づけば気になってて、気付けばずっと話していて、気付けば触れたい、だなんて事を思うようになっていた。あわよくば僕に守らせて、なんて事も。馬鹿だ、と笑ってくれても良いよ。ただの僕のエゴイズムだ。それでも僕は、その温かさを離しはしなかった。もう、離したくなかった。一度も離した事は無いのに、おかしいだろうか。


「――ううん、嬉しい。ありがとう」

 その違和感に気づく時、君は僕の隣にいるのかな。