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 車道側を歩こうとするところとか、大きな水溜まりの前で必ず気を付けてなって言うところとか、北くんは紳士的だった。無意識なのか意識的にしているのか、北くんの女の子に対する扱いって凄い。

「えっと⋯⋯そう言えば北くん今日誕生日なんだよね? あのケーキ、北くんのだって知らなかったよ」
「誕生日言うても特に何が変わるでもあらへんよ。いつもと同じや」
「そう? いつもよりはちょっとおめでたい気分にならない? 北くんのお婆さんも楽しそうだったし」
「そう言うのはあらへんなあ。確かにいつもバァちゃんが一番楽しそうにしとるかも」

 それはとても北くんらしくて私は笑ってしまいそうになる。私は自分の誕生日は浮かれちゃうから北くんの考え方は新鮮で面白い。

「言うの遅くなったけど、誕生日おめでとう北くん」
「⋯⋯おおきに。変な感じやわ、名字さんに言われんの」
「言うよー。言わずに今日は終われないよ」
「なん、それ」
「だってお祝いしてあげたいし。北くんは特別に感じないかもしれないけど、私は誕生日って特別な気がするんだ。クリスマスとかお正月とかと違って自分だけの日じゃない? だから、今日は北くんの特別な日。18歳おめでとう」

 私が笑ってそう言うと、北くんはなんとも言えない顔をして空を仰いだ。雨上がりの空は澄んでいて、先程までは見えなかった月も顔を出している。

「名字さんの考え方はおもろいな」
「普通じゃないかなぁ」
「女子の考えることはよう分からんな」
「私は男子の考えることはよく分からないなっても思うよ」
「ありがとおな」
「え?」
「おめでとう言うてくれたこと」

 柔らかい表情の北くんが私を見る。今までそんなことを考えたことないのに、突然、2人きりでいることに、こうやって2人で並んで歩いていることに、何か特別な名前をつけたくなってしまった。
 私は何かおかしい。もしくは、この雰囲気に当てられている。北くんの家に行くまではちょっと遠いかもなんて思っていたのに、今はもうカフェに着いてしまうんだなんて考えている。おかしい。こんなの絶対におかしい。

「⋯⋯な、にか私に出来ることって思ったけど、多分ないから、ちょっと待っててね」

 もう目の前にカフェの看板がある。私はそう言うと北くんをその場に留まらせて急いでカフェに入った。兄に戻ったこと、無事に手渡せたことを報告して、私は北くんの待つ外へと戻る。変わらずそこにいる北くんに「突然ごめんね」と言ってからカフェから持ってきたものを渡す。

「これ、うちのカフェのドリンクチケットの綴り。ごめんね、こんなのしかプレゼント用意出来ないんだけど、もし良かったら使って」
「いや、やけど⋯⋯」
「だって北くんよくカフェに来てくれてるし。今月から私の手伝い減るから会う機会も減るだろうけど、このチケットはいつでも使えるから安心して使って大丈夫だよ」

 はい、と北くんに再度差し出すと北くんはそれは見つめた後にそっと受け取ってくれた。

「なんや、もらってばっかりやな」
「え、そんなことないと思うよ」

 北くんが私の顔をじっと見つめる。北くんの顔って整ってるし、そういう瞳を向けられると緊張する。誤魔化すように笑うと北くんはおもむろに口を開いた。

「名字さんはいつもそんな感じなん?」
「そんな感じ?」
「話題が尽きないっちゅーか、顔みたらいつも楽しそうやん」
「ニコニコしてたら良いことたくさんあるよってよくお母さん言ってたんだよね。あと笑った顔がとっても可愛いって褒めてくれたりね。そう言うのが今でも抜けないのかも。でも友達といたら楽しくて自然とニコニコしちゃわない? 北くんとも一緒にいるの楽しいしだからいつもこんなんなのかも。あ、だからって悩みがないわけじゃないよ?」
「名字さん、俺とおるの楽しいん?」
「え? うん。北くん面白いし」
「俺がおもろい?」
「うん」

 北くんは驚いた顔をした後、考え込むように黙った。何かを言おうとしているのか分からないけれど、夜も遅いしと私は言葉を足した。

「面白いって言うか、新鮮って言うか、北くんの考え方って私とは全然違うから、話聞くと自分の視野が広がっていく感じがして好きなんだよね。あ、私の家、カフェの裏手のマンションだからここで大丈夫。送ってくれて本当にありがとうね。それと誕生日おめでとう。また、学校で」
「あ、おん。⋯⋯いや、ちょお待って」
「どうしたの?」
「今の言葉、俺も同じやわ。おもろいとか、新鮮とか、名字さんと話してると視野広がる感じするわ」

 なんとも言葉にし難い、喜びにも似た感情が胸に広がって、私は口角を上げて笑うのでいっぱいだった。私と北くんの関係がゆっくり、だけど確かに色を変えてゆくことに、まだ私たちは気が付くこともない。雨上がりの夜空は眩しいくらいに綺麗だった。

(18.07.08)
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