thirteen



 墓前に添えた花は、生前母がよく好きだと言っていた花だ。母の骨は実家があるこの兵庫の墓に納骨されている。月命日で毎月ここには来るけれど、命日となるといつもとは気持ちが違う。なぜかこんな時に私は北くんのことを思い出した。

「夕方からまた店開けるからそろそろ帰らないとな。名前も勉強あるだろ」
「うん」

 黒いスーツに身を包んだ兄が言う。湿った風が吹いて生ぬるい風が運ばれてくる。それは紛れもなく夏の風だ。

「私、ちょっと買い物してから帰るね」
「ここら辺?」
「ううん。地下鉄乗る」
「遅くならないうちに帰ってこいよ」
「わかった」

 買いたいものはなかったけれど、せっかくここまで来たしなんとなくそのまま家に帰る気にもなれなくて、私は地下鉄に乗り神戸の繁華街へと足を運んだ。
 週末なのも相まって人混みが凄い。う、と思わず改札を出た途端に顔をしかめてしまった。

「名字さん?」
「え、北くん?」

 そんな時、目の前から話しかけてきた相手は北くんだった。凄い偶然と思わず自分の目を疑った。

「え、な、なんでここに?」
「練習試合の帰りや。現地解散やったんやけど乗り換えついでに買いもん頼まれとって。名字さんこそまさかここで会うとは思わんかったわ」
「偶然すぎで私もびっくり。私はえっと、母のお墓参りの帰りで。今日、命日で。あっ、この前はいろいろ話聞いてくれてありがとう」

 北くんが私をじっと見つめる。こうやって北くんはたまに観察するように私を見るけれど、私はこの北くんの視線が実は苦手だったりする。なんか、見透かされそう。

「えっと⋯⋯?」
「なんや、今日はこの前より大丈夫そうやな」
「え?」
「この間、酷い顔しとったで」
「う、うそ⋯⋯」
「ほんまや。今日は大丈夫やねんな」
「⋯⋯北くんが話聞いてくれたから」

 そういえはさっき私、北くんのこと思いだしてたんだ。だけどお墓参りの最中に北くんを思い出していたなんて可笑しな話、もちろんできるはずもなく。

「夏バテもちょっとあったかも。今年は例年より暑いらしいね。北くんは大丈夫?」
「平気や」

 ジリジリと太陽が照りつける中、涼しげな顔でそういうのだから北くんは本当に暑さに強いのかもしれない。私は日焼け止めを塗ったとはいえ、直射日光の当たる外にいるのが少ししんどくなったきていた。

「ごめん。引き留めちゃったね。また、学校で」
「こっちこそや。名字さん、気いつけてや」
「うん。北くんも」

 太陽の光が眩しくてちゃんと見られなかったけれど、北くんの広角が上がったような気がした。背中にじっとりと汗が滲んできたのを感じながら、汗が滲むような色の服を選ばなくて本当に良かったと思う。
 人混みに消えていった北くんの背中を少し思い出す。恋ってもっと、ドキドキして他の事が手につかなくなったりして、どんなときでも浮かれちゃうような、そんな状態に勝手になるものだと思っているのに。北くんへのそれは全然私の考える恋とはなんたるかと異なっている。
 だから北くんといると感じるこの気持ちを恋とは呼んでも良いのか私は時折わからなくなる。北くんに対する安堵の気持ちは、私がこれまでしてきた恋のどれにも当てはまらないのだ。
 だから恋をしましたと胸を張っては言えない。それでも日々を繰り返す度に募っていく北くんへの気持ちは恋に似た何かなのかもしれないとも思う。

「名字さん!」
「え、北くん? どうしたの?」
「まだおってくれて良かったわ」
「忘れ物、とか?」
「おん。やっぱり一緒に買い物せえへん?」
「え?」

 人混みをかき分けるように慌てて戻ってきた北くんに私は驚いて目を見開く。なんか、私いま自分に都合の良い白昼夢でも見ている?

「一緒にって、私と北くんが?」
「他におらんやん。気乗りせんかったらええんやで。せっかくやしと思てな」

 北くんは相も変わらず涼しげな顔をしていた。まるでデートみたいだなぁと思うけれど、きっとこの場にいる見知らぬ人たちからすればデートだと思われるのだろう。ただ、人混みをかき分けるようにして私のもとへ戻ってきてくれた北くんのことを考えると、心臓の辺りがどうにもこうにももどかしくて仕方がない。
 汗のせいで額に張り付いた前髪が気になって気になって、私は俯いてしまう。こんなことになるんだったらメイクもうちょっと頑張っておけば良かったな。そんな風に思うのに、断り言葉は口から出てはこなかった。

「うん。一緒に買い物しようか」

(18.07.18)
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