fifteen



「高校最後の夏休みがもうすぐ始まろうとしとるで」

 まるでこの世の一大事かの如く、友達は言った。

「え? ああ、うん。そうだね」
「華の女子高生もこれで最後や」
「だねぇ」
「忘れもん、あると思わへん?」
「忘れもの?」

 首を傾げる私に、彼女は大きく息を吸い込む。そして、これまた一大事だと言うように告げる。

「恋や」
「⋯⋯こい?」
「せや! 恋や! 恋をせんと夏は始まらへんし高校生活も終われへん!」

 その気迫に、恋をしなくても夏は始まってるし高校生活も終わるよ、とは言えず私は彼女の言葉に耳を傾けるだけだった。

「北くんとはどうなん? なんもあらへんの?」

 詰め寄る彼女から視線を反らしてしまったのは、先日の一件があるからだ。何を持ってして『なにかありました』とするのが正しいのか分からないけれど、これまでのことを『なにもありませんでした』と言うには、私の心は刺激を受けすぎている。

「べ、別に⋯⋯」
「なんなん、怪しいやん。言うてみいや」
「や、そんな期待するようなことはないって言うか」
「ふーん⋯⋯。せやったら、来週デートせえへん?」
「え、デート? 誰と誰が」
「名前が、あたしの友達とや」
「⋯⋯はい? いやいやいや、せやったらじゃないよ! なんで!」
「他校生やねんけどな、塾のな、友達にな、かわええ子紹介してくれゆーてな、頼まれたんよ。ほならこれはもう名前しかおらんなと思てな」
「なんか怪しい⋯⋯。裏がありそう⋯⋯」

 知らない男の子と出かけるってそこそこハードル高いんだけど。これが恋愛モードでとにかく恋がしたい! って気分だったらまた別なのかもしれないけれど、今の私はそんなモードになれる気にはなれない。

「そもそも私たち受験生だよ? 恋愛なんて二の次どころか三の次だって」
「受験生やからって関係あらへんて。好きな人がおったら自分もがんばろってならん? お互いに切磋琢磨したらええやん。会うだけ会うて合わへんかったら切ってええから。な?」

 頼むわ。と両手を合わせて懇願する彼女に、私はため息を吐いてから「わかった。いいよ」と返事をした。そこまで言われてしまったら、引き受けて合わなかったと断る方が楽だ。
 それが先々週の火曜日の話。そして、その男の子と会うことになったのは連絡をとるようになってそれからすぐのことだった。お互い予定の入っていない土曜日に繁華街へ赴くことになったのである。
 そして、話は本日に至る。

「名字さん、先週の土曜日出掛けとった?」

 夏休みを迎えた初日の夜、久しぶりに北くんがカフェにやってきた。その日は私もちょうどお店を手伝っていて、北くんの来店に浮かれていた気持ちはその一言で驚きへと変わった。注文した飲み物を運んだタイミングで北くんはそう言い、側に立つ私を見上げる。
 机には参考書が広げられていて、これも北くんのルーティーンのひとつになってきているのかなとぼんやりと考えながら、土曜日という単語に思い浮かんだのは友達に紹介された男の子のことだった。

「えっと、うん。⋯⋯ちょっと用事で。どうして知ってるの?」
「部活終わりに駅前で名字さんに似た子おるなって思ったんやけど、そうやったんや」

 それはきっと私で間違いない。あの日男の子と一緒にいたところを北くんは見たのだろうか。見てなにかを思ったのだろうか。

「⋯⋯彼氏なん?」
「えっ」
「仲良さげやったから」
「違う、友達。彼氏じゃない」

 本当は友達に紹介された男の子だけど。でも本当のことを言って幻滅されるのは嫌だった。軽い女だなとか、受験生のくせになにやってんだとか。狡いけど、北くんには良い子と思われていたかった。

「⋯⋯好きな人は、他にいるから」
「そうなん?」
「えっ。あ、いや、今のは」

 だからそう言ってしまったのか、もはや自分でもわからない。自然に口が動いて出てきた言葉がそれだった。辻褄合わせのように出てきた言葉は私を苦しめる。私を見つめる北くんの瞳が、私の胸を貫く。北くんがそうやって私のことを見るから、だから私は。

「⋯⋯北くんは」

 拳を握ってごくりと喉を鳴らした。

「北くんはいるの。好きな子、とか」

 そう。だから私は、こんなことばかり言ってしまうのだ。
 勢いに任せるように、口が動くままに出てくる言葉に、相変わらず北くんは動揺も見せないままだ。

「おらんなあ。自分のことで精一杯やし」

 その言葉にほっとした私はもう、言い逃れ出来ないかもしれない。

(18.09.08)
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