seventeen



「失恋したかもしれない」

 登校早々、開口一番にそう告げると友達は目を丸くして「え、告白したん?」と聞いてきた。告白する機会すらなかったよ。と改めて撃沈した事実に気持ちがへこむ。

「昨日自習室で帰り一緒になって北くんに家まで送ってもらったんだけどね、別れ際に気になる子いるんだって言われて」
「ほんまか。詳しく」
「や、詳しくもなにも家の前で言われてさよならしてそれっきり。私も北くんから詳しく聞きたいくらいで」

 北くんが気になるような子なんだから、きっと良い子なんだろうな。北くんがそれで幸せと思えるならいいじゃないか、と思えるようになりたいのにどうしても私の心はそうはならないようだ。私だってそれなりに北くんと友好を深めてきてそれなりに仲が良いと思ってるんだけど。なのに、なのに北くんは私じゃない他の女の子が好きなのかなぁ。

「本人に直接聞いてみたらええやん。気になる子って誰なんって」
「いや無理だよ。てゆーか教えてくれるとは思わないし。知る覚悟もまだないし」
「やけど夏期講習も来週で終わりやろ。向こうは部活も忙しいみたいやし、聞けるタイミング今しかないんとちゃう?」
「こんなくだらないこと質問したくない⋯⋯。いや、私にとっては全然くだらなくないんだけどさ、北くんにとっては恋愛って自分の生活でのウエイト占める割合少ないんじゃないかなって思う。⋯⋯多分だけど」

 そやなぁ。と友人は気の抜ける返事をしたところで、チャイムが鳴って講習が始まる前に急いで教室へ戻る。1年の頃は騒がしかった教室内も3年の今になれば静かなものでたいていの生徒は机に向かって勉学に励んでいる。時折、受験しない組が少し肩身を狭そうに教室の隅でこそこそと話しているのを見かけるけれど、私はどちらともつかずで今もいる。
 自分の学力はなんとなくわかっているし、それに合わせるように選んだ第一志望の大学もこの調子でやっていけば合格圏内だ。もちろん油断は禁物だけど、私は昔からこうやって緩く生きていこうとする節があるから、北くんが私のこういう部分を知ったら嫌われそうだなぁなんてことを思った。
 きっと名の知らない北くんの気になる女の子は、私みたいないい加減なやつじゃなくて、しっかりして計画性があって努力家で、きっと笑うと可愛い女の子なんだろうな。


◇   ◆   ◇


 夏の夜とはいえ、今日もまた暗くなるまで自習室で勉強してしまった。少し帰るの遅くなっちゃったかな。お兄ちゃん心配しているかも、と急ぐように片付けをすすめる。
 自習室を出てから、教室に忘れ物をしたことに気がついて私は来た道を戻った。教室に面した廊下の窓の向こうに北くんを見つける。中庭の吹き抜けを挟んで向こう側、自習室があるところだ。

「あ⋯⋯」

 本当に小さな、呟きにも満たない文字がこぼれる。まだ教室で勉強をしている人たちもまばらにいるというのに、突然ポツンと置き去りにされたように感じた。
 北くんと一緒にいる子が女バレの子だというのはすぐにわかった。前に見に行った試合で隣のコートにいたのを覚えてる。別にそれは良いんだけど、ただ、北くんが笑ってて、いや別にそれも良いはずなんだけど、それを見た私は瞬間、胸がぎゅっと苦しく締め付けられてしまったのだ。
 北くんだってサイボーグじゃないんだし、笑わないわけない。女の子と話さないわけない。私だけに優しいわけじゃない。わかってる。わかってるのに、こんなことを思ってしまうなんて。
 北くんがいつか、私じゃない女の子とあんな風に笑いあうんだと考えると、ひどく胸が痛んでどうしようもなかった。私だったら良いのに。私が北くんにとっての気になる女の子だったら良いのに。
 苦虫を噛み潰したような顔で立ち竦んでいると、話が終ったらしく女バレの子はその場から離れていった。それを見送り自習室に戻ろうとした北くんが、ふとこちらを見る。やばい、と本能的に思って隠れようかと一瞬思ったけど、もう目があってしまったしそれは叶わなかった。
 ヒラヒラと、緩く北くんが私に手をふる。つられるように、私もまた手をふった。私、なんでこんな可愛くない考え方しかできないんだろ。だけど北くんが私に気がついて手を振ってくれたことが嬉しくて、ごちゃ混ぜになる感情に私の頭が追い付かなくなって、結局、北くん向かって頭を下げると逃げるように玄関へ向かっていったのだった。

(18.09.18)
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