nineteen
このまま花火が打ち上がり続けたら、花火を見つめる北くんの横顔をずっと見ていられるのに。花火の光と、月の光に照らされた北くんの横顔を盗み見ながら私はそんなことを思った。
「キレイやなぁ」
突然パッと花火が開くように北くんがこちらに顔を向ける。私は反対に、慌ててその横顔を見つめていたことを悟られないように前を向いた。
「う、うん。本当にね!」
化粧とか、髪型とか、今となってはもうどうでもよい。北くんに好きな女の子がいても、今はこうやって私と2人で花火を見てくれている。その事実がとにかく嬉しくて私はまた、北くんのことを好きになった。
怖いのは、こうやって好きが募っていくことだ。パンケーキを積み重ねるようにどんどんどんどん私の好きが増えていって、いつか北くんが私じゃない女の子と付き合いだしたら、私はどうなってしまうのだろう。泣いて、泣いて、それでもいつかは悲しくなくなるのだろうか。
だけど、それでも、多分。
「見れて良かったわ。誘ってくれてありがとおな」
今日見たこの光景を忘れることはないんだと思う。
「ううん。私も、北くん忙しいのに一緒に観てくれてありがとう」
だから今日は、今日という特別な日は渡しにたくさんの魔法をかけてほしい。ありったけの、これでもかというくらいの。
「北くんと一緒に見れたら良いなって思ってたから、嬉しいよ」
北くんは私の言葉に、珍しく驚いた顔をした。瞳には花火が開く。それがなんだか、とても愛しくて私ははにかむように笑った。私の瞳にも花火が映っているといいんだけど。
乾いたような音で、私の履いている下駄が鳴る。その音で現実に引き戻された私は、自分の言った言葉に羞恥心を覚えながらもまだ打ち上がり続ける花火を焼き付けるように見つめた。
これが受験生である私の夏の、最大で最高の思い出。
休み明けの学校は、と言っても夏休みの間はたいてい学校に通っていたから久しぶりに登校したという気分にもなれず、それでも日々変わる教室の空気にはまだ慣れないままだ。推薦入試の人は特にそう。
北くんは、どうするんだろう。知りたいけれど、私は北くんの進路を聞けないままだ。
「なんや顔色悪ない?」
「え、私?」
「他に誰がおんねん。具合悪いん?」
「今朝からちょっと偏頭痛あって。我慢してたらおさまるかなって思ったんだけど、ちょっと痛みが増してきてて」
「次自習やし、保健室行った方がええんやない? 多分まだ酷なるで。痛み止めの薬は持っとるけど効くまで辛いやろ。寝とき」
私の顔を覗きこんで心配する友人に、私は曖昧に笑う。登校自体は久しぶりではないとは言え、夏休みが終わった途端に体調を崩すなんて情けない。それでも友人の言うように、この痛みがおさまる予感は全然しないし、今日これからの事を考えると素直に薬を飲んで保健室で眠らせてもらうのが一番得策のような気がする。
「先生来たら言うとくわ。付き添おうか?」
「ありがとう。一人で行けるから大丈夫。もし何か資料とか配ったら私の分お願いしてもいい?」
「勿論や。気いつけてな」
「うん。ごめんね、ありがと」
素直に教室を出て、保健室に向かう。歩調に合わせて頭がズキズキする。こんなことになるならもっと早くに薬を飲んでおくんだった。偏頭痛なんて滅多にないから油断してしまった。
保健室のドアを開けると、私の顔色を見た先生が慌てて駆け寄ってくる。確かに頭痛は酷いけど顔もそんなに酷いのだろうかと思いながら、先生に聞かれたクラスと名前を答えた。
「頭が痛くて。偏頭痛だと思うんですけど、出来れば薬が効くまでベッドで横になりたくて」
「顔、真っ青やね。治るまで寝とったほうがええね。右のベッド使用中やから左のベッド使うてもろてええ?」
保健室には2台のベッドがあってそれぞれカーテンで仕切りがされているから互いの顔は見えない。先生の言う通り右側には誰かがいるのだろう、カーテンが閉じられている。言われた通りに左のベッドに潜り込む。部屋のベッドとは違い、少し寝心地は悪いけれど先ほどよりは幾分かましだ。
早く薬が効きますようにと願いながらも、頭の痛みで簡単には寝られない。
「宮くん、調子どお? 少しは良うなった?」
そんな中、先生が右側に寝ているであろう生徒に声をかける。一瞬スルーしてしまいそうになったけど、今の言葉を頭の中でリピートする。今、先生、宮くんって言わなかった? 宮くんってあの宮くん? 2年生の、双子の、友人が好きだって言う、あの宮くん?
「まだちょっと気持ち悪いんで、もう少し休んでええですか?」
「構へんよ。あ、隣に女の子寝とるからね」
私のことか。小声でやりとりさせる会話に耳を澄ます。宮くんってそんな何人もいるような名前じゃないだろうし、宮くんだろうなあ。どっちなのかは分からないけど。
私が一方的に知っているとは言え、こんな近い距離だと妙に緊張する。迫り来る頭痛と緊張感に、私の身体は穏やかではないままだった。
(18.09.25)