twenty



 隣に宮くんがいるとは言え、顔を合わせるわけでもないし、そもそも会ったところで向こうは私のこと知らないし。ベッドに入ってしばらくもすると、頭が痛いのもあって先ほど感じた気まずさなんてどこかに消えていった。
 静かな保健室に響く物音は、心地よい。窓を隔てて聞こえるグラウンドの声。先生の歩く音。時計の秒針は狂うことなく時を刻む。薬を飲んで少しすると、頭は痛いものの次第に眠気が私を襲ってきて、逆らうこともなく私は眠りへと落ちていった。
 それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。多分また、そんなに時間が経っていないはずと仕切りを開けて時計を見ようと起き上がった時、保健室に誰かが入ってくる聞こえた。

「すいません。宮侑がおると思うんですけど」

 あ、北くんだ。その声が聞こえた途端、私の動きは止まる。コツコツと二人の足音がこちらに近づいてきて先生が「こっちで寝とるよ」と恐らく私が寝ていないほうのベッドに声をかけた。
 仕切りのカーテンがあるおかげで向こう側で何が行われているのが分からないけれど、カーテンの開ける音と北くん。そして宮侑くんの声がするのを私はただ黙って聞いていた。

「具合どうなん」
「北さん心配して来てくれはったんです?」
「部長として気にしないわけにはいかんやろ」
「ご迷惑をおかけしてすんませんでした」
「良くなったんか?」
「バッチリっす。今日の部活は出ますんで安心してください」
「無理して悪化したら意味ないで」
「わかっとります。けどもうほんまに元気なんで」

 北くんはやっぱり、皆に優しいんだろう。でも優しさよりも先に、自分の立場ややるべきことが前にきているのかもしれない。部長として部員を心配する。様子を確認する。
 あれ、だとしたら私は? 私はどうして、北くんに優しくしてもらえるんだろうか。同級生だから? 友達だから? ただそれだけの理由であんなにも優しく気にかけてもらえるのなら、北くんは魔性の男の子なのかもしれない。なんて馬鹿げたことを考えていた私に予想外の声がかかる。

「宮くんは大丈夫そうやね。部活も問題ないんやないかな。あと、そうや。名字さんは体調どう?」

 少しだけカーテンが開いて先生が顔を出す。

「さっきよりだいぶ楽になりました。次昼休みなんで、授業始まるまでもう少し横になってて良いですか?」
「ええよ。昼休み会議あって先生ちょっと席外すんやけど大丈夫?」
「はい」
「昼休み終わるまでには戻るんやけど、なんかあったら内線押して職員室にかけてな」
「わかりました」

 そう言うと先生はまたカーテンを閉じた。

「そう言うわけやから先生もう行くけど、宮くんも大丈夫になったんやったら支度して教室戻りなね」
「はーい」

 宮くんの間延びした声が聞こえて、先生は宣言通り保健室から出ていった。それを確認するように先生が出ていった直後、北くんが私に声をかけた。

「名字さん、おるん?」

 少し迷って、カーテンを少しだけ開けると、北くんが立っていた。もうひとつのベッドに座っている宮くんが興味深そうに私たちを見つめている。

「また具合悪いん?」
「偏頭痛で保健室来たんだけど、薬飲んだし全然平気だよ。ここ最近ちょっと体調崩すこと多かったけど私基本的に超健康体だから!」

 慌てて大丈夫ですアピールをする。

「体調悪いんやったら無理せんでな。病人は治すことが仕事やで」
「⋯⋯はい」

 ああ、好きだなあ。優しい顔や声とか、そんな風に心配してくれるところとか。

「え、もしかして二人付き合うてるんです?」

 そんな私のほっこりとした気持ちに突然爆弾が落とされた。宮くんが私と北くんを交互に見ながら笑みを抑えきれない顔で言う。

「ちゃうで」
「ち、違います」

 やばい、否定しなければ。と慌てて出た言葉は北くんとシンクロした。北くんには気になる子がいるんだから、誤解させてはいけない。

「なんやむっちゃええ雰囲気やのに違うんですか」
「⋯⋯侑」
「スンマセン⋯⋯」

 あっこれは、彼がより一層怒られる前に止めないととフォローの言葉を探す。

「私は北くんの友達です。いつもお世話になってて、助けてもらってて、だから、えっと⋯⋯彼女ではないんですけど仲良く見えてたのなら、ちょっと嬉しい、です」

 フォローのつもりで口にした言葉に、宮くんは驚きの色を見せた。北くんはこれといって表情を崩すこともなく、私に迷惑になるからと再び宮くんの退室を促した。

「ほんまごめんな。騒がしくて」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 そうして二人が去った保健室は嘘みたいに静かで、私はまた少し硬いベットに潜り込む。あんな風に言ったけど、友達なんかじゃ物足りないってきっと北くんは気付いていないんだろうな。

(20.02.06)
priv - back - next